• 2013-07-10

フロントランナーVol.19

プリンと醤油でウニの味がする?!
味覚センサーで味の世界に科学のメスを入れる

九州大学工学部 教授 都甲 潔(とこう きよし)

1953年福岡生まれ。九州大学工学部電子工学科卒。同大学院博士課程修了後、同大学助手、助教授を経て、九州大学工学部(所属は大学院システム情報科学研究院)教授に。感覚で捉えるしかなかった「味」を客観的に測定する味覚センサーを開発し注目される。2006年度、文部科学大臣表彰「科学技術賞受賞」。極めて優れた業績を挙げた教授にのみ贈られる「主幹教授」にも任命されている。『プリンに醤油でウニになる』『味覚を科学する』など著書多数。

人間が感じる味はバーチャルなもの

「プリンに醤油をかけて食べるとウニの味がする」「ミカンの薄皮をむき醤油をつけたノリで巻いたらイクラの味に」――にわかには信じがたいが、これらは九州大学の都甲(とこう)先生が開発した味覚センサーによって導き出された“同じ味”だ。実際、試してみるといい。見事にウニやイクラの味がする。味覚を数値化し、客観的に“見る”味覚センサー。その完成は世界を「あっ」と驚かせた。人間の主観に頼ってきた「味の分析」にいま科学のメスが入ろうとしている。

 中学生や高校生のなかにもニンジン嫌いの人は多いでしょうね。 私も同じ。実は、それが味覚センサーの開発のきっかけだったんです(笑)。
 30年ほど前のある日、妻がハンバーグを作ってくれました。いつもよりもおいしかったので、そのことを彼女に言うと、「ニンジンが入っている」と理由を明かしてくれた。栄養のあるものを食べさせようと、ニンジンを細かく切って入れてくれたそうなのですが、このとき「味覚って何って不思議なんだ」と思ったんです。そこから「味覚を研究してみよう」となりました。
 私は工学者ですが、哲学科に進むもうと考えたくらい、人間そのものに興味をもっています。その点、味覚って育った土地や、家庭環境などに大きく影響する。その人を知る大きな手がかりになります。しかも、私は人工生体膜の研究をしており、これは味覚にも応用できるんですね。だから、「これだ!」って。
 ただ、そもそも味覚はある意味、主観的なもので、味を感じる人間がいて初めて存在するものだから測れない。それが主流の考えでした。先行研究も少なく、あっても「味を生じる物質を測定する」というものばかり。アミノ酸がどれくらい、グルコースがどれくらいといった具合に、味に関する化学物質の含有量を調べるのですが、これだと膨大な数の化学物質を調べなくてはいけなくなります。また、コーヒーは苦いけど、ミルクを入れると苦味が緩和されますよね。こういった物質の相互作用によって生み出された味は、個々の物質を測るやり方だとわからないんです。
 そこで、私はまったく異なるアプローチを試みました。結果、味覚センサーが生まれた。その話の前に少しだけ、人間はどのように味を感じているのかを見ていくことにしましょう。
 まず味は、舌の表面にある味蕾(みらい=ぶつぶつ状のもの)と呼ばれる組織で受け止められます。味蕾の中にある味細胞に食べ物に含まれる物質が作用し、味細胞の表面を覆っている生体膜の内側と外側に電位差が生じる。そして、電気が流れます。これが神経を通り脳に伝わって味を認識する、という仕組みなんです。
 つまりこういうことです。私たちは味のもとになる物質を直接、感じているのではなく、あくまでも電位差によって作り出されたものを「味」として感じている。ずばり「味=神経の反応」。まさに、味はバーチャル(仮想的)なものなんですよ。だから、プリンに醤油をかけて食べるとウニの味がする、イクラと同じ味をつくることもできる。もとの物質が違っても、同じ電位差が生体膜に生じているので同じ味がするわけです。

(注)図をクリックしてください。もっと大きく鮮明に見ることができます。

5つの味を人工皮膜で測る

これまで測れないと言われていた味覚だったが、「味は神経の反応である」と発想を転換し、まったく新しい概念を提唱したところに、都甲先生の大きな功績があった。さらに、味覚センサーの開発をスタートさせ約10年の歳月をかけて完成。計測機器メーカーとの共同研究も進めながら味覚センサーはレベルアップし、より性能が高く、使いやすい機械に進歩している。

 では、具体的に味覚センサーがどのようなものかを説明しましょう。味覚センサーは味細胞の代わりに人工生体膜(皮質膜)を使って電位差を数量的に測っています。人工生体膜は5種類あり、「酸味」「苦味」「甘味」「塩味」「旨味」を計測している。1枚1枚が5つの味に対応しており、これで人間の舌を再現したわけです(食べ物を細かくし味溶液に浸して、そこに人工生体膜を入れて測ります)。
 要となる人工生体膜の開発にはいろいろ工夫を凝らしました。たとえば、苦味に対して人間は低い濃度でも反応します。苦味をもつものは毒である場合が多いからでしょう。赤ちゃんが苦いものを口にすると、イーっという口をして吐き出すのもそのためです。一方、旨味や甘味は濃度が高くないと反応しません。栄養が高く、身体の中にたくさん取り入れたいためだと考えられています。そうした味ごとの特長や性質を人工生体膜にももたせないといけない。このような膜の工夫は現在も続いています。
 いずれにしても、5種類の味を測れば、先にお話した「苦いコーヒーにミルクを入れると苦味が緩和される」といったことも、科学的に明らかにすることができます。そして、実際、どのように数値化されるのか示した例が上の図で、味覚センサーで検証するとウニと「プリン+醤油」、そしてイクラと「ミカンの薄皮+ノリ+醤油」がよく似たパターンであることがわかりますよね。
 ちなみに、辛味というものもありますが、これは測らなくていいのか? 実は、辛いというのは厳密に言うと、味ではありません。味細胞で感じるのではなく、痛覚を刺激して得られる味です。だから、味覚センサーで測る味には加えませんでした。その代わりというわけではありませんが、基本の味のなかに旨味を入れています。これは日本人が発見した味なんです。いまから100年ほど前、東京帝国大学(当時)の池田菊苗教授が、昆布のダシの成分が「グルタミン酸ナトリウム」であることを発表し、この物質のもつ味を「旨味」と命名しました。だから、英語でも「Umami」と呼ばれます。以前は、基本の味のなかに旨味を入れず基本4味と考えられていたのですが、近年は旨味を加えた5つの味が支配的になっています。日本人として、誇っていいことでしょうね。

(味覚センサーはインテリジェントセンサーテクノロジーから発売されている)

さまざまな商品開発に活用

画期的な味覚センサーだが、「おいしいかおいしくないかは判定できない」という。おいしさは場の雰囲気、一緒にいる人、見た目、歯ざわり、温度、さらには食べる人の育った土地の気候、風土、文化などが強く影響するからだ。それでも五感(味覚、触覚、視覚、聴覚、臭覚)に関しては測定が可能で、各感覚に対応したセンサーもほぼ出揃った。そこで、都甲先生は「五感融合バイオセンサーシステム」といったものの構築を目論んでいる。これが完成すれば「おいしさの基準」をつくることができるそうだ。

 味覚センサーは多くの企業に導入され、これを使ってすでにさまざまな商品が生み出されています。
 たとえば、ある航空会社の機内で出されるコーヒーの味は「味覚センサーがつくったコーヒー」といえるでしょう。一般的に、コーヒーはいくつもの豆を混ぜ合わせて(ブレンドして)味をつくりますが、同じ豆でも収穫された場所や年によって品質が変わるので、ブレンダーと呼ばれる人が舌で確かめブレンドの比率を考えています。そのブレンダーの役目を味覚センサーが担っているのです。ある鰹節メーカーでは、商品開発の際、味覚センサーで原料を検証、ダシに求められるコクと旨味を出すためには「あご(トビウオ)」を使うのが一番だということがわかり、ヒット商品を生み出した、といいます。医薬品メーカーが薬の苦味を測定するために導入したというケースもありましたね。子どもは苦い薬を敬遠しがちで、苦くない薬をつくりたいが、開発者が薬を飲むわけにはいかない。そこで、「味覚センサーの力を借りて」ということなのでしょう。
 また、「五感融合バイオセンサーシステム」とともに私が目標にしているのが「食譜」の作成です。私たちが何百年も前に生まれた名曲を聴くことができるのは、楽譜という形で保存してきたからです。味覚センサーという武器さえあれば、食の世界でも数値化されたデータを「食譜」として残すことができるのではないか。そうやれば、秘伝の味やおふくろの味といったものを後世まで伝えられる。こちらのほうにも、力を入れてきたいですね。
 いかがでしたか? 味覚センサーのすごさがわかっていただけましたか? せっかくの機会なので、中学生・高校生のためにウニとイクラ以外にも「ハイブリッド・レシピ」をいくつか紹介しておきましょう。ハイブリッド・レシピというのは、意外な食材の組み合わせから新しい味をつくりあげるレシピのことです。もっと知りたいという人は、ぜひ『ハイブリッド・レシピ』(飛鳥新社)という本を手にとってみてください。
●コーヒー牛乳=麦茶+牛乳+砂糖
 これは正直区別がつきません。ただ、「麦茶+牛乳+砂糖」のほうが白いので目隠しをしたほうがいいでしょう。
●ヨーグルト=牛乳+酢
 牛乳には当然、酸味がありませんが、酢を入れることによって多少酸っぱくなる。ヨーグルトは牛乳を醗酵させてつくるので、酸味を加えて似た味になるのは妥当といえます。
●コーンスープ=牛乳+たくわん
 あるテレビ番組で実演した際、参加者は驚きと感動で目を丸くしていました。我ながら思います、「誰がこんな組み合わせ思いついたのでしょう」(笑)。
 他にも挙げられるだけ挙げましょう。「イチゴ=トマト+砂糖」「水あめ=納豆+チョコレート」「辛子明太子=豆板醤+マヨネーズ」「メロン=きゅうり+ハチミツ」――。「水あめ=納豆+チョコレート」はちょと「?」の部分はありましたが、どれも結構楽しめます。試してみてください。
《文=WAOサイエンスパーク編集長 松本正行》

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