- 2014-12-24
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フロントランナーVol.44
宇宙の始まりに素粒子で迫る!
~素粒子物理学の最前線
東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構
機構長 村山 斉
1964年、東京都生まれ。東京大学理学部卒。同大学院博士課程修了後、東北大学助手に。95年、カリフォルニア大学バークレー校の助教授に就任し、2000年同教授。2007年より東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構機構長を兼務する。近著に『宇宙を創る実験』(集英社新書)。その他、『宇宙は何でできているのか』(幻冬社新書)など著書多数。
加速器を使えば初期の宇宙を再現できる!
空を見上げて思ったことはないだろうか。「宇宙はどうやって始まったのだろう?」「宇宙は何でできているのか?」と。人類が何千年にもわたって挑み続けている、この大きな謎に、われわれはいま科学の力で迫れるようになっている。鍵を握るのは小さな粒=「素粒子」だ。この世で一番大きな宇宙と、一番小さな素粒子は、どのように結びつくのか。素粒子物理学の第一人者・東京大学の村山先生に研究の最前線を語ってもらった。
宇宙の始まりを調べる場合、欲しい機械がありますよね。そう、タイムマシン。タイムマシンがあれば謎は一気に解明! とはいえ、タイムマシンそのものの実現は難しい。それでも、「タイムマシンのようなもの」はつくれます。そのひとつが望遠鏡で、もうひとつが粒子加速器と呼ばれるものです。
私たちの天の川銀河のお隣さんは、アンドロメダ銀河です。ただし、お隣といっても230万光年も先にありますから、途方もなく離れています。光の速さで向かっても230万年かかる。要するに、私たちが望遠鏡を使ってくっきりと見えるその姿は、230万年も前のものなんですね。太陽だっていま見ているのは8分前の「過去の姿」です。もし、何らかの理由で太陽がなくなっても、私たちは8分もの間、そのことには気づきません。
現在のところ人類は、望遠鏡で133億光年先の銀河を捉えることに成功しています。さらに、その先が見えたらどうなるのでしょう? 宇宙は138億年前のビッグバンで誕生しました。138億光年先の宇宙では、そのビッグバンを見ることができるのです(実際は、ビッグバンの前にインフレーションという現象が起こっていますが、ここでは割愛します)。
しかし、そうなっても望遠鏡だとビッグバン自身ではなく、38万年後のいわば「ビッグバンの表面」しか見えません。誕生直後の宇宙は、熱くて濃い「素粒子のスープ」のような状態で、光が通らず「中」で何か起こっているのかよくわからないのです。そこで登場するのが、もうひとつのタイムマシン「加速器」です。
私たちの身体はいろいろな原子で構成されていますよね。さらによく見ると原子は電子と原子核からできていることがわかります。その原子核も陽子と中性子に分かれ、それらはまたクォークと呼ばれるものでできています。クォークがすなわち今日のテーマである「素粒子」(正確にはクォークは素粒子のなかの1グループ)。もうこれ以上、分けることができない粒をこう呼びます。
実は、電子もそうだし、光も光子という素粒子なんですねぇ。
とにもかくにも、誕生直後の宇宙は「素粒子のスープ」のような状態でした。加速器を使えばそれを再現することが可能です。たとえば陽子は水素原子の原子核ですが、これに中性子をぶつけると、たまにくっつくことがあり、ヘリウムの原子核も生まれます。こうやって、加速器を使って宇宙が誕生して3分後の姿を見ることができるようになりました。
ところが、ここでひとつ疑問が生じます。もっと大きな原子はどうやって生まれてきたのでしょうか?
加速器を使ってビッグバンが再現できても、水素とヘリウムよりも重い原子は生まれません。しかし、宇宙はいろいろな原子で構成されていますよね。私たちの身体に限ってみても、炭素が極めて重要です。カルシウムがないと骨が形成できない。血液には鉄が必須。酸素がないと呼吸ができず死んでしまいます。で、調べていくと、それらは星でできたことがわかってきました。
水素とヘリウムがあれば星は生まれます。私たちの太陽も、水素からヘリウムをつくることをエネルギー源にして燃えている。もっと大きな星はヘリウムをさらにくっつけてもっと重い原子をつくります。その星にも寿命があっていつかは燃え尽きるのですが、このとき大爆発を起こすものがあるんです(これを超新星爆発といいます)。そして、爆発に伴っていろいろな原子が宇宙空間にばらまかれ、さらに長い年月の間に爆発が繰り返されて……。
こうやって、さまざまな原子が生み出され、太陽系や地球が誕生し、私たちの身体ができあがりました。私たちは文字通り「星屑」とうわけですね。
「すばる望遠鏡」を使えば星々の過去の姿を見ることができる
暗黒物質は私たちの「生き別れの母
ところが、ひとつ疑問が解消すれば、新たな疑問が生じる。星が誕生して、いろいろな原子が生まれたことはわかったが、そもそも「星はどこから来たのか?」「どうやって誕生したのか?」ということが、私たちの目に見える原子や、観測できる電波などだけではうまく説明できないのだ。私たちが知らない何かが宇宙には存在する――。最先端の素粒子物理学はいままさに、その解明に挑んでいるところなのだ。
みなさんもご存じのとおり、私たちの天の川銀河は渦を巻いていますよね。もちろん、銀河の外から見た人はいないので、観測から形を決めたわけですが、実は、その観測から奇妙なことがわかったんです。渦巻き模様をつくる銀河は、中心に近いほど回転が速く、周辺に行くほどゆっくり回転していると考えられていました。ところが、実際の観測では銀河全体がほぼ同じ速度で回っていたのです。また、銀河の中の星の重さだけでは、なぜバラバラにならずに回転することができるのかが説明できません。星の重力だけでは足りない、なぜか――。
そこで、「見えない、検出できない物質がどこかに隠れている」と科学者たちは考えるようになりました。で、とりあえず名前をつけたのが「暗黒物質」。英語では「ダークマター」といいます。
みなさんは「すべてのモノは原子でできている」と学校で習ったでしょう。実はあれ、間違いです(笑)。宇宙にある原子をすべて集めても、宇宙の5%にしかなりません。じゃあ、残りの95%は何かというと、暗黒物質と、今日は詳しくお話しませんが「暗黒エネルギー」というものでできています。びっくりですよね。
ちなみに、「光は真空中では真っ直ぐ進む」と習ったと思いますが、これも間違いです(笑)。光も重力によって曲がるし、強い重力を及ぼす物質、たとえば暗黒物質のようなものがあると、やっぱり光は曲がってしまいます。実は、地球と銀河の間に暗黒物質があって、その銀河の光が大きく歪んで見えるという現象(「重力レンズ効果」といいます)が、多数発見されているんです。これらによって、「暗黒物質があるはずだ」ということがわかってきました。
とにもかくにも、暗黒物質がないと星も銀河も、そして私たちも生まれてきません。コンピュータのシミュレーションでも、暗黒物質がなければ誕生から138億年経ったいまも、宇宙は何もない“のっぺらぼう”だったことがわかっています。たとえてみれば、暗黒物質は私たちの「産みのお母さん」。ただし、いまのところ正体不明なので「生き別れのお母さん」といったところでしょう。
「生き別れのお母さん」なんですから、ぜひ、会ってみたいですよね。会って「ありがとう」と言いたいところなのですが……。
何しろ恥ずかしがりやで、顔を見せてくれないんですよ(笑)。どんなものにも反応しない。地球なんかスースー。もちろん、私たちの身体も1秒間に100億個ほどが通り抜けています。ただし、誰も見たことがない新しいタイプの素粒子だろうとは考えられており、捕らえるための装置も世界中につくられています。そのうち最大のものが日本にある「XMASS(エックスマス)」。東京大学宇宙線研究所が所有しており、小柴昌俊先生(2002年ノーベル物理学賞受賞)がニュートリノを捕らえたカミオカンデと同じく岐阜県の神岡鉱山の地下にあります。
XMASSでは、地中深くに設置した大きなタンクに液体のキセノンを入れておきます。そのキセノンの原子核に暗黒物質が時々ぶつかって光を出す。それを観測するというものです。1年間じっと待って2、3回当たれば万々歳なのですが、アメリカの研究グループが別の装置を使った観測では、10年間で2回観測した(かもしれない)という結果ですから、精度は格段に上がりました。いずれにしろ気の長い実験で、そうやってデータを集め暗黒物質とは何かを探っていくわけです。「鳴かぬなら、鳴くまでまとうホトトギス」(徳川家康)という感じでしょう。もちろん、こんなの我慢できない、「鳴かぬなら、鳴かせてみようホトトギス」(豊臣秀吉)という人もおり、実際、「実験室で暗黒物質をつくろう」という取り組みもされています。
それに使われるのが加速器。そう、先ほど、登場した加速器で暗黒物質をつくる実験が進められています。
ILCの完成は素粒子物理学を新たな地平に導く(ILC完成想像図© Rey. Hori)
さらに強力な加速器が日本にできる可能性が…
現在のところ世界最大の加速器は、CERN(欧州合同原子核研究機構)が建設したLHC(大型ハドロン衝突型加速器)だ。ヒッグス粒子と思われる新粒子を発見した装置として話題になったので、みなさんも聞いたことがあるだろう。暗黒物質をつくる研究も、ここで行われている。ところが、LHCの力をもってしても暗黒物質を見つけるのは大変なのだという。そこで、LHCを超える強力な装置の建設構想が進められようとしているのだが……。
LHCは本当に巨大な装置で、円の形をしており、1周の長さは27kmもあります。山手線に近い長さのトンネルが地下100mの地中につくられているんです。この中で、光速に近い速さにまで加速された陽子同士が正面衝突、飛び出てくる素粒子を分析し、そのなかから暗黒物質を含む未知の素粒子がないかを調べています。実験の回数は、なんと1秒間に数億回!驚くべき数字ですよね。
ただし、1千兆回やっても探したいものは10個程度しか見つかりません。できるのはゴミの山ばかり。これは陽子をぶつけるからなんですね。最初のほうでお話したように陽子はクォークからできています(アップクォーク2個+ダウンクォーク1個)。さらに、それらをくっつけるグルーオンとう素粒子も陽子の中にあります。たとえてみれば、陽子は豆大福のようなもので、3個のクォークが豆で、餡子がグルーオンです。欲しいのは豆どうしの衝突なのに、豆大福をぶつけても餡子が飛び散ってしまいよくわからない……。
はっきりした反応を見るには豆(=素粒子)同士をぶつけるといいのですが、豆は小さいから衝突させるのが大変。でも、それも可能になってきました。そのための装置をつくろうという機運が高まっています。それが、ILC(国際リニアコライダー)。LHCのような円形の加速器ではなく、全長30kmにもなる直線状の加速器を、国際協力によって建設する計画が進められようとしています。
実は、日本の北上山地(岩手県)がその建設候補地になっているんです。宇宙の始まりの知るための実験が、この日本で行われるんですから、ワクワクしませんか(笑)。
ILCでぶつけるのは電子と、その反物質である陽電子です。ビームをナノメートル(ナノは10億分の1)にまで絞り、衝突させます。このようにものすごいハイテクで、世界中の技術を結集してつくられる。ILCが稼動すれば、あれだけ苦労して見つけたヒッグス粒子も1週間で発見できるでしょうね。最初の1年で素晴らしい成果ができるものと期待しています。
暗黒物質の正体もILCによって解明されると期待しています。また、宇宙ができて10億分の1秒の世界が見えてきます。宇宙はどのようにして誕生したのか、それに迫っていけるわけですね。
もっとも、ILCが完成するのは、まだまだ先の話。ただし、そのころにはいまの中学生・高校生が研究の主役になっていることでしょう。みんなの手で、宇宙の謎を明らかにしてくださいね。君たちが、新たしい地平を切り拓くんです。期待しています。
《文=WAOサイエンスパーク編集長 松本正行》
※本記事は、2014年7月に岩手県盛岡市で実施された「中高生向けサイエンス教室」の内容に基づいて作成しました。