• 2015-02-03

フロントランナーVol.45

困難だからこそ挑戦する意義がある!
クローン技術でマンモスを現代に蘇らせる

近畿大学先端技術総合研究所 教授 加藤 博己

1964年生まれ。87年京都大学農学部卒、93年同大学院農学研究科修了。日本学術振興会特別研究員を経て、米コロラド州立大学に留学。帰国後、近畿大学の研究員となり、2013年より先端技術総合研究所教授を務める。専門は生殖生理学。近畿大学が進めるマンモス再生プロジェクトに参加し、同プロジェクトの中心的役割を担っている。

永久凍土にはクローン可能なマンモスが眠る

約40億年前に地球に生命が出現して以降、数多くの種が誕生し姿を消した。みなさんは、それら絶滅してしまった生物の「生きた姿」を見たいと思ったことはないだろうか。たとえば、マンモスはどうだろう。実は、この有名だが謎の多い動物を現代に蘇らせる計画が近畿大学で進められている。シベリアの永久凍土で見つかったマンモスから細胞核を取り出し、「クローン」を生み出そうというプロジェクトだ。映画『ジュラシック・パーク』さながらの取り組みは、何を私たちにもたらしてくれるのだろう。

 「マンモス」という動物に、みなさんはどんなイメージをお持ちですか? 寒い地域にいる、巨大な牙を持った生物。毛が長く、人間を襲うくらい獰猛、といったところでしょうか。とにもかくにも、マンモス大学、マンモス団地という具合に「大きい」という意味の形容詞で使われるくらい、私たちには馴染みが深い。絶滅した哺乳類のなかでも最も有名な種といって過言ではありません。
 マンモスは長鼻目に属すゾウの仲間です(長鼻目ゾウ科マンモス属) 。マンモスの先祖は約400万年前にアフリカに現れました。よく知られている「ケナガマンモス」はヨーロッパ北部からロシア、そして北米まで北半球の広い地域に生息していました。日本の北海道でも化石が見つかっています。
 日本にいたことを意外に思った人もいるでしょうね。それ以外にも、ケナガマンモスは中型で、いまのアフリカゾウよりも小さかったことはご存知ですか? 絶滅したのも1万年くらい前で、“ごくごく最近”です(正確には、4000年くらい前まで小型のマンモスがロシアのある島で生息していたことがわかっています)。1万年前といえば、日本だと縄文時代にあたります。そのころには農耕も一部始まっていました。多くの人が抱く「マンモスはものすごく巨大」「石斧を持った人間がマンモスを追いかけていた」といったイメージは、アニメなどに描かれた姿が強く影響しているものと思われます。
 いま約1万年前にマンモスは絶滅したと言いましたが、なぜ、この時期にいなくなったのか、その理由はよくわかっていません。「気候変動説」「人間による狩猟の影響説」「病気説」などが唱えられていますが、どれも決め手に欠けています。マンモス属のすべてが死滅したことを、うまく説明できないのです。このように、マンモスは有名だが謎が多い。その再生に私たちは取り組んでいます。
 きっかけは80年代後半のことでした。京都大学の入谷明教授のグループが、哺乳類の顕微受精の技術を確立。そのあと別の研究者が、死んでしまった動物の精子を使った顕微受精に成功しました。これらは画期的な技術で、生物学の世界に大きなインパクトを与えた。と同時に、絶滅生物を再生する道も拓けたのです。そして、近畿大学に移った入谷先生(現・先端技術総合研究所顧問)はマンモスの再生に取り組むようになります。マンモスならゾウの卵子と子宮を利用することが可能。さらに、シベリアの永久凍土の中にはマンモスの遺骸が凍結した状態で眠っており、状態のいい精子を採取できるかもしれない、というのが大きな理由です。
 しかし、結果的に質のいい精子は見つからなかったんですね。精子が取れるのはオスだけなので、最初から確率は半分です。仮にオスでも、マンモスの精巣は他の哺乳類とは違い腹腔にあって腐敗しやすかった。入谷先生の目論見通りにはいかなかったのです。そんなとき、飛び込んできたのが「ドリー誕生」のニュースでした。97年、体細胞クローンの羊が誕生したことは、みなさんも聞いたことがあるでしょう(羊の名前が「ドリー」)。ここで研究の方法がガラリと変わりました。精子でなくてもいい。状態のいい細胞さえあれば、マンモスを復活させることはできる、となったわけです。
 私自身は、このころからプロジェクトにかかわっています。以来、十数年。有名な近畿大学のマグロの完全養殖も、技術が確立されるまでに30年以上の時間がかかっています。何人もの研究者が協力し合い、長い時間をかけてようやく成果の出る研究が多いことは、みなさんもぜひ、知っておいてください。

「YUKA」が見つかった!

体細胞クローンは、皮膚や筋肉、臓器など身体の組織を使い、まったく同じ遺伝子を持った生物を誕生させる技術だ。それによって生まれた哺乳類初のクローン「ドリー」はキース・キャンベル博士たちイギリスの研究者によって生み出された(誕生は96年。発表が97年)。世界に与えた影響は大きく、山中伸弥・京都大学教授がiPS細胞に取り組むきっかけとなった、ともいわれる。畜産をはじめさまざまな分野への応用も、すでに始まっている。

 ここで、クローン・マンモス誕生までのプロセスをお話ししましょう。上の図を使って説明します。
 まず、発見されたマンモスから、DNAが傷ついていない細胞を探し出します。要するに、状態のいい細胞を見つける作業です。そして、この細胞から核だけを取り出す。平行してメスのゾウからまだ受精していない卵細胞を採取し、核を取り除きます。ここまでが第一段階です。次に、除核したゾウの卵細胞にマンモスの細胞核を注入、ある種の刺激を与えて発生を促し胚になるところまで培養します。最後にゾウのメス(=代理母)の子宮に移植し、赤ちゃんマンモスが生まれるのを待つ、という流れです。
 ゾウの卵子からは核が取り除かれているので、赤ちゃんが引き継ぐのはマンモスの遺伝子だけ。ですから、ゾウから生まれてきたといっても、子どもはほぼ100パーセント、マンモスです。実は、初期に取り組んでいた精子を使ったマンモス再生法では、ゾウのDNAが混じるので、何世代にもわたって交配を続ける必要がありました。また、交配を繰り返しても、「できるだけマンモスに近づける」ことしかできませんでした。その意味でも、体細胞クローンは画期的な技術なのです。
 あとは、いかにして必要なものを確保するか。ところが、この「必要なものの確保」がなかなか難しい……。
 必要なものは、いまお話した「状態のいいマンモスの細胞」と「ゾウの卵子」そして「代理母」の3つです。細胞についてはまず、2002年、近畿大学と岐阜県およびロシアの研究機関が共同でマンモスの発掘調査を行いました。これに私も参加し、比較的状態のいいサンプルを入手したのですが、結局、うまくいかなかった。実験はマウスの卵子を使って行います。しかし、脱水が激しかったのでしょう、卵細胞に入れても発生すべき核の変化が起きなかったのです。
 ただし、まったく成果がなかったわけではありません。マンモスの皮膚や筋肉から細胞核を取り出す技術を開発することができたからです。また、骨髄の細胞の保存状態がいいこともわかりました。他にも、多くの研究者と協力して再生に必要な情報や基礎的な技術を蓄積――。残すは、「本当に使える細胞」を待つだけです。そして、ようやくチャンスが巡ってきます。
 いまから2年前の夏(13年7~9月)、横浜で開催された「マンモス『YUKA』展」をご覧になった人も多いでしょう。2010年にロシア・サハ共和国の永久凍土で見つかり、ユカギルという土地の名前から「ユカ(YUKA)」と名づけられた子どものマンモスは極めて保存状態がいい。「奇跡の大発見」ともいわれ、話題になりました。実際は発見から発掘、状態の確認までに時間がかかったので、私がユカを見たのはしばらく経った12年の早春ですが、肉がまだ赤味を帯びており、明らかに以前の研究に使ったサンプルとは異なっていました。骨髄のある大腿骨も残っていた。「これはいけそうだ!」と思ったものです。
 すぐに、地元共和国の科学アカデミーと近畿大学の間で正式な学術協定を締結。いろいろな部位から採取したサンプルをチューブに入れて数十本持ち帰ります。現在は、それらを使って基礎的なデータを蓄積している段階です。マンモス再生に向け、私たちは、一歩近づくことができたわけです。


(シベリアの永久凍土から見つかったユカの組織の状態は非常によい)

まだまだ実現の道は険しいが・・・

マンモス再生に必要な3つのもののうち、最初の「状態のいい細胞」を加藤先生たちは確保した。残りは、「ゾウの卵子」と「代理母」だが、この2つについては、まだメドが立っていない。ゾウは絶滅危惧種に指定されるくらい希少な動物だ。また、ゾウの卵子を人工的に取り出した例はなく、そのためどの飼育機関も協力に慎重になっている。いまは、協力に「OK」を出してくれるところを待っている状態だという。

 「マンモスの赤ちゃんは、いつ生まれるのですか?」という質問をいただくのですが、残念ながら、その答えを私たちはもっていません。「研究のために貴重な動物を利用するのか」という批判があるのも承知しています。ですから、私たちの研究の意義をきちんと理解したうえで、ゾウを提供してくれるところを待つしかない。いつ協力してくれる機関が現れても、すぐに研究が進められるよう基礎的な研究と準備を進めているのが、いまの状況です。
 マンモスにこだわらなくてもいいのでは? という考えもあるでしょう。すでに体細胞クローンの実例がある牛の仲間で、絶滅した種を再生するといった考えもあります。しかし、それではやはりインパクトは小さい。マンモス再生のそれは他の動物とはぜんぜん違います。科学や技術は、発信力が大きければ大きいほど発展します。だから、やはり私たちはマンモスにこだわる。そして、必ず実現できると信じています。
 もちろん、マンモスが再生できなくても、これまで行ってきた研究が無駄になるわけではありません。いろいろな分野で活かされることでしょう。
 たとえば、畜産の分野がそのひとつです。ブランド牛のなかには、ものすごく優れた種牛が現れるときがあります。生まれてくる子どもは、どれも肉質がいい、そんな優れた親牛です。しかし、どれだけすごい牛でもいつか死んでしまいますよね。そうなっても、マンモス再生で培ったクローン技術があれば、少々細胞の状態が悪くても同じ遺伝子の牛をつくることは可能です。他にも、すでに絶滅してしまった種の復活、あるいはいま絶滅の危機に瀕している動物の保全にも役立つことでしょう。
 はるか昔に絶滅してしまったマンモスを、再びいまの時代に蘇らせる――。私たちの研究の意義はそれに止まらない。これからも、夢を諦めることなく、チャレンジを続けていきます。
《文=WAOサイエンスパーク編集長 松本正行》