- 2013-09-20
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フロントランナーVol.23
水と光でつくる究極の新エネルギー
「人工光合成」が世界を救う
自然科学研究機構分子科学研究所 准教授 正岡 重行
1977年生まれ。大阪府出身。同志社大学工学部卒、京都大学大学院工学研究科博士課程修了。リバプール大学博士研究員、九州大学理学部助教を経て2011年に分子科学研究所に移り現職。2009年より2013年3月まで、科学技術振興機構さききがけ「光エネルギーと物質交換」の研究員も併任。
日本が研究をリードする人工光合成
【シリーズ「新しいエネルギー生産技術」①】
地球上の生き物で、植物しかもっていないもの。それは「自ら身体の材料をつくり出す」能力だ。使うのは太陽エネルギー(光)と水、二酸化炭素。動物は、その植物が生み出したものを摂取し生命を維持している。私たち人類が利用する石油や石炭など化石燃料も、すべて植物がつくったものが起源だ。それと同じ能力を私たちが手にすることができたら・・・・・・。究極の技術「人工光合成」が現実になろうとしている。どんな未来を私たちにもたらすのだろう。
生命はすべて植物の光合成によって支えられている――。
そう聞くと驚く人がいるかもしれませんが、私たちが口にする牛や鶏だって植物を栄養源にして大きくなっているわけですよね。石油や石炭も化石燃料といって植物や動物の死骸が長い年月をかけて変成(別の姿に変わること)したものです。さらにいえば、大気中の酸素の多くは、植物の光合成に由来している。もしも植物が存在しなくなったら、間違いなく私たちは生きていくことができません。
そう、植物ってすごい能力を持っているんです!
光合成はみなさんご存じのとおり、光のエネルギーを用いて、地球上に豊富に存在する水、二酸化炭素を原料にでんぷんや糖をつくり出すシステムです。もう少し詳しく言うと、光エネルギーで水を、酸素と電子、そして水素イオン(イオンとは電子を1つ失ったり、得たりした状態の原子。この場合は電子を失った原子)の3つに分離する「明反応」、その水素イオンと電子、さらに二酸化炭素を使ってでんぷんや糖をつくる「暗反応」の2つで成り立っています。「明」と「暗」は文字通り、光を使うかどうかを示しています。
私が研究している人工光合成は、これと同様の仕組みで燃料や化学原料をつくり出そうという技術です。ちなみに、現段階ではでんぷんや糖をつくるところまでは想定されていません。それよりももう少し構造が簡単な、石油や石炭などに代わる物質を太陽光を使って生み出すことを目標にしています。
太陽光を利用したエネルギーの生産には太陽光発電などもありますが、たとえばサハラ砂漠のような場所で太陽光発電をしても日本やヨーロッパに運ぶまでに電気の多くは失われてしまいます。これを送電ロスといいます。また、電気は貯めることができません。春につくって余った電気を、最も需要が多い夏に使えないのは、このためです。このように太陽光発電にも問題は多いんです。
一方、人工光合成でメタノールなど燃料となる液体をつくれば、それをタンカーに積んでいろいろなところに運ぶことができます。液体ですから貯蔵も可能。春つくったものが夏に使える。そして、これが重要な点ですが、できた燃料を使って自動車を動かしても、生産するときに必要な二酸化炭素と燃やす際に出る二酸化炭素の量はほぼ等しいので環境に優しい! プラスチックの原料にもなるし、もちろん化石燃料のように枯渇する心配もありません。
このような理由から、人工光合成はエネルギー問題解決のための「究極の技術」と考えられてきました。ただし、光合成は複雑な化学反応の連続で謎が多い。技術の確立はなかなか進みませんでした。それがここに来て、優れた研究成果がいくつも出てきました。
まず、2011年にトヨタグループの豊田中央研究所が人工光合成の再現実験(ギ酸の生成)に成功、電気や有機物を加えない世界初のケースとして大きく報道されました。2012年には、パナソニックも再現実験に成功、豊田中央研究所の5倍の効率で、雑草の一種であるスイッチグラス並みのエネルギーを生み出しています。もうひとつ、こちらは私の研究に大きな刺激を与えたものですが、大阪市立大学(神谷信夫教授)と岡山大学(沈建仁教授)のグループが、葉緑素(光合成を行っている植物の器官)の中の光合成を担う組織が、どんな原子から成り立ち、どんな形(構造)をしているのかを明らかにしました。この研究は世界最高峰の科学雑誌『サイエンス』の「2011年 科学上の10大発見」にも選ばれています。
人工光合成の研究では、日本は世界をリードしているんです。アメリカをはじめいろいろな国が競って研究を支援していますが、いまのところ研究の“質”では日本が勝っています。実は、「実現するのは困難」と思われていた人工光合成に、それこそ“研究の光を当てた”のも日本人だったんです。
金属錯体で光エネルギーを取り込め!
光エネルギーを使って、水と二酸化炭素からでんぷんなどをつくり出す光合成というシステム。しかし、水に光を当てただけでは明反応は起こらない。触媒という「自身は変化しないまま、周りの物質の化学反応を促進するもの」が必要で、植物では葉緑素や酵素が触媒の役割を果たしている。人工光合成でも、光を吸収して反応を引き起こす「光触媒」の開発がカギになってくる。
1972年、東京大学の本多健一教授(故人)と大学院生だった藤嶋昭氏(現・東京理科大学学長)が、光触媒による水分解の現象を発見しました。水中に二酸化チタンと白金(プラチナ)の電極を入れ、光を照射すると二酸化チタンから酸素が、白金から水素が出るというものです(=本多・藤嶋効果)。この研究の成果は、空気清浄や汚れにくい建物の外壁など主に環境の分野に応用されていますが、起こったのは光合成の明反応と同じ現象。人工光合成が実現する可能性を示しており、藤嶋先生はノーベル賞の有力候補にも挙げられています。
上の図を見てください。これは、人工光合成システムを簡単に示したものです。左側が「明反応」の部分で、こちらに光触媒を入れて反応させます。右側が「暗反応」に相当する部分で、できた水素イオンと電子を右側に移し、二酸化炭素とそれらを反応させて、化学物質を製造します。
当初は、この光触媒を「本多・藤嶋効果」の二酸化チタン同様、半導体(条件によって電気を通したり通さなかったりする物質)でつくる研究が進められました。ただし、半導体でつくる光触媒には課題があって、一番大きなそれは「光のうち可視光線を使うのが苦手」なこと。一口に光といっても紫外線、可視光線、赤外線などさまざまな波長の光があり、それらを総称して私たちは「光」と呼んでいるのですが、紫外線はそのうちのごくごく一部でしかありません。光エネルギーの約半分を占める可視光線で明反応を起すことが難しいんです。そのため可視光線でも反応が起きる物質、あるいは紫外線でも効率よくエネルギーを吸収する物質の研究が進められています。
一方、半導体ではなく「金属錯体」を触媒にする研究もあって、私はそちらを行っています。そもそも、半導体は特定の物質を合成するのが苦手。だから、人工光合成において暗反応を担う物質としては半導体よりも金属錯体に期待が集まっていました。私自身は暗反応に加え明反応も、その金属錯体を使って実現しよう、と研究を進めています。
錯体とは、ひとつの原子ないしイオンを取り囲むように他の原子、分子などが配置された物質のことをいいます。金属錯体は錯体のなかでも金属を核にしたものです。高校の化学でも習わないのであまり馴染みがないでしょうが、私たちの身体の中にも数多く存在するごく身近なものなんですよ。代表的なのがヘモグロビン。ヘモグロビンは鉄を含む金属錯体のひとつで、この鉄(正しくは鉄イオン)が赤いため私たちの血は赤い色をしています。実は、日本の研究者が構造を明らかにした「葉緑素の中の光合成を担う組織」もマンガン原子を核とした金属錯体でした。
植物は試行錯誤を繰り返しながら光合成システムをつくり上げた。そして、キーとなる物質に金属錯体を選んだ・・・・・・。
金属錯体は、高度に設計すれば、分子レベルで構造や機能を制御することが可能です。可視光を利用できるというメリットも大きい。もちろん、半導体にもいろいろメリットがあります。いずれにしろ金属錯体と半導体の研究が歩み寄ることで、一歩一歩、実現に向け近づいていくのは間違いないでしょう。
ヤル気と根気が研究のカギ
科学技術大国・アメリカも国を挙げての研究に取り組み始めた。世界をリードする日本でも、産官学が連携した研究プロジェクトがスタートしている。日本国内の研究者が参加する「人工光合成に関するフォーラム」は、2020年ごろにメタノールの試験生産、2030年ごろには商業生産開始という目標も掲げた。ますます期待が高まる人工光合成の技術だが、果たしていま、実用化に向け、どの段階にあるのだろうか?
先ほど申し上げたように半導体と金属錯体のどちらがベストなのかもまだわかっていません。豊田中央研究所とパナソニックの研究も、成果自体は非常に優れたものですが、実用化という点では「まだまだ」でしょう。それより何より、光合成そのものの仕組みが解明されていないという現実があります。たとえば、明らかになった「光合成を担う組織の構造」はわれわれが想定していたものとまるで違った形をしていました。まさに「謎!」で、私たちの知らない何かがそこには隠れている。それがわかれば「人類に必要なものを」「できるだけ効率よく生み出す」仕組みをつくり出せるかもしれません。ですから、いまはどれだけのエネルギーが生み出されたのかで一喜一憂するのではなく、基礎的な研究を積み重ねていくことのほうがもっと重要だ、と考えています。
そうした努力によって、いずれ人工光合成でエネルギーをつくることができるようになるはず。たとえば、二酸化炭素が大量に発生する火力発電所の横に人工光合成の施設ができ、つくった燃料で発電所を動かすようになるでしょう。さらに進めば、日本のあちこちに施設が建設され、多くの車はそこでつくった燃料で走るようにもなる。これでエネルギー問題は解決! また、人工光合成でデンプンや糖をつくり出すことができるようになるかもしれない。こうなると人口増加に伴い生じている、世界の食糧問題も解決するわけです。
ほんと、我ながら「すごく重要な研究」にかかわっている、と思います。
ただ、そんな私ですが、研究者になろうという強い志があったわけではありませんでした。小学生時代は、人気のあったカブトムシではなく、ハサミムシを探すような変わった昆虫少年。高校生になると、アルバイトと遊びに明け暮れる毎日で、今度は遅刻の常習犯。勉強も嫌いで、化学の授業だけ熱心に聞いていたのも、単に、その先生が好きだったのが理由です。それがきっかになり大学では化学を専攻し、化学の面白さに目覚めたのですから、人生は本当にわかりません。
誇れるのは、ヤル気と根気でしょうか。それがあったらからこそ、人工光合成のような、すごい研究にも取り組めるようになったんでしょうね。
研究者の醍醐味は、ゼロから何かをつくり上げるところにあります。とはいえ、それが新しいものであればあるほど失敗が付き物。山のように失敗が積み上がっていくものです。これは研究に限ったことではないと思いますが、何事もトライ&エラーでしょう。諦めたらダメ。であると同時に、エラーのなかから本当に面白いものが見つかります。みなさんにも、失敗を恐れずチャレンジし、ぜひ、創造的なものを生み出してもらいたいと思いますね。
《文=WAOサイエンスパーク編集長 松本正行》