• 2013-10-21

フロントランナーvol.25

脳がだまされる!?
「錯視」の不思議を探ってみよう

立命館大学文学部 教授 北岡 明佳

1961年、高知県生まれ。筑波大学大学院博士課程心理学研究科修了。教育学博士。東京都神経科学総合研究所を経て、2001年より立命館大学文学部助教授(心理学専攻)、2006年、同教授。専門は知覚心理学で、とくに錯視・錯覚を研究。『錯視入門』(朝倉書店)、『だまされる視覚-錯視の楽しみ方』(化学同人)、『錯視大解析』(カンゼン)など著書多数。

錯視の原因はさまざま

2本の等しい長さの線の両端に、それぞれ矢印のようなものを、向きを変えて加える。すると、一方の線が長く見える――。こうした現象を「錯視」と呼ぶ。みなさんも一度は、経験したことがあるだろう。普段はあまり気づくことがないが、錯視は日常生活でも頻繁に起こっている。同時に、錯視の研究はわれわれがどうやってモノを認識しているのか、また「視覚」のメカニズムの解明にもつながるという。そもそも錯視とは何なのか、そこから「見えてくるもの」は? 錯視研究の第一人者・立命館大学の北岡先生に聞いてみよう。

 まずは、冒頭で紹介されている、2本の線の錯視の図形を見てみましょう。ここをクリックしてください。一番上にある「ミュラー・リヤー錯視」がその図形です。どうですか、下の線のほうが長く見えませんか? スクロールしてもらったらわかるように、錯視には他にもいっぱい種類があります。後ろのほうで紹介している、鉛筆を振ると曲がって見える「ラバーペンシル錯視」(運動視の錯視)などは、誰もが一度はやってみたことがあるでしょうね。
 どれもこれも不思議な絵や図形です。
 それにしても、錯視とは何なんのでしょう? ひとことで言うと「目の錯覚」です。実際には、目ではなく脳の活動に由来していることが多いと考えられるので、正しくは「脳の錯覚」と言うこともできます。ここでいう錯覚とは「実物とは違う見えや聞こえ」「誤った知覚」のこと。ですから、“実物”がない幻覚や妄想は錯視とは明確に区別されます。同じものが違って見えるとか、止まっているものが動いて見えるとか、そういった現象が錯視だと考えてください。
 では、なぜ錯視のような現象が起こるのでしょうか? 残念ながら、錯視の種類ごとに原因があって、ひとことで説明することはできません。なかには、長年の研究にもかかわらず原因がはっきりしないものもあります。それについては、のちほど個々の錯視を見ていく際に、わかっている範囲でお話しすることにします。

フィック錯視

 近代的な錯視の研究が始まったのは19世紀の中ごろのドイツからです。最初に発見されたのは、縦線と横線は同じ長さであるが、縦線のほうが長く見える「フィック錯視」。その後、先ほど紹介したミュラー・リヤー錯視などが次々と発見・発表されました。続く20世紀は、それら発見された錯視を詳しく分析する時代だったのですが、21世紀が間近になったころからは、コンピュータの発達もあって新発見が相次ぐようになりました。錯視研究はいま新しい時代を迎えています。
 いずれにしても、錯視を研究することで視覚に関するさまざまな謎や疑問、メカニズムが解明される、と期待されています。目や脳、ニューロン、そして、それら同士のかかわり方などなど……ですから、私たち心理学者だけでなく、神経生理学者、数学者などと共同で研究を進めるケースも多く見られます。
 難しい話はこれくらいにして、実際の絵や図形を見ながら、錯視の不思議を感じてもらうことにしましょうか(笑)。錯視は楽しいし、美しい。それをぜひ、知ってもらいたいと思います。
 なお、錯視の強弱には個人差があります。もし、ここで紹介する図を見て錯視が起こらない人がいても、決して目がおかしいわけではありません。心配しないでください。たとえば、「蛇の回転」などは20人に1人くらいの割合で、回転して見えない人がいます。同じ人でもAという図の錯視は見えるけど、Bは見えないというケースも多くあります。また、錯視は学習性が低く、訓練したからといって見えるようになるというものではありません。「見えたか、見えなかったか」そのことも含めて楽しんでもらえたらいいでしょう。

止まっている円盤が回転する!?

錯視には同じ長さのものが違って見える「幾何学的錯視(形の錯視)」や、同じ明るさのものが異なる明るさに見える「明るさの錯視」、色が違って見える「色の錯視」、さらに「静止画が動いて見える錯視(動く錯視)」などがある。なかでも北岡先生がつくった「蛇の回転」は、ユニークな動く錯視として、さまざまなメディアで取り上げられ注目されている、という。

 ミュラー・リヤー錯視やフィック錯視が代表的な「幾何学的錯視」なのですが、では、なぜ、長さや大きさが違って見えるのか。たとえば、ポンゾ錯視の仕組みには諸説あって、線遠近法説というのが有名です。これにはまず、「大きさの恒常性」というものを理解してもらう必要があるでしょう。

ポンゾ錯視

 自分の近くにいた人が離れていったとき、私たちの目には小さく映りますよね。でも、本当の大きさは「もとのままである」ときちんと感じている。これが大きさの恒常性です。ポンゾ錯視の場合、2本の線は奥行きが違うと脳が“勝手に”判断し、大きさの恒常性が誤作動する、と仮定するのです。「奥行きが違うのに2本の線は同じように見えるから、遠くにある上の線は、実際は長い」と知覚する、というわけです。ただし、これが正しいかどうかは確定していません。他にもいろいろな説が唱えられています。

ツェルナー錯視

 これはどうですか? これも幾何学的錯視で「ツェルナー錯視」と呼ばれるものです。右から左に引かれた線は、すべて平行なのですが、みなさんには交互に傾いているように見えるでしょ。これは水平線と斜線が交差してできる角度のうち、鋭角のほうが実際より大きく見えることによって起こる現象です。そのため、私たちには水平線が傾いて見えるのです。鋭角の側が10~30度のときよく錯視が起こります。

同時的明るさ対比

 次に上を見てください。こちらは明るさの錯視です。みなさんには、左内側の正方形のほうが右側より明るく見えるでしょうが、物理的には同じ明るさなんです。「同時的明るさ対比」あるいは「明度対比」とも呼ばれます。明るいところと暗いところで反応する神経細胞(ニューロン)の働きで、明るい色と暗い色が接するところでは、明るい部分はより明るく、暗い部分はより暗く見える傾向にある(側抑制と呼ばれます)ことが原因となっている――そう考えるモデルがあります。

ムンカー錯視

 こちらは色の錯視の代表例「ムンカー錯視」と呼ばれるもので、上の片一方は帯がオレンジ色に、もう一方の帯は赤紫に見えるでしょう。しかし、実際はどちらも赤色をした帯です。下も黄緑の帯と青緑の帯に見えているでしょうが、両方とも緑色の帯が正解。これは、周りの色から同じ色あいの色に誘導される「色の同化」と、反対の色あいに誘導される「色の対比」によって、「違って見える」と考えられています。
 では、お待ちかねの「動く回転」に移りましょう。これは、私がつくった「蛇の回転」です。ぜひ、絵をクリックし大きな画面で見てください(編集部注=別ウィンドウは立ち上がりません)。

蛇の回転=クリックすると大きな画面になります。別ウィンドウは立ち上がりません)

 眺めているだけで、それぞれの円盤がゆっくりと回転して見えるはずです。動画を貼り付けているなんて疑っている人がいたら、この図をプリントアウトしてみてください。紙になっても変わらないでしょう。回転錯視には、中心を見ながら図に目を近づけたり遠ざけたりすることで起こるものもありますが、この錯視の円盤は何もしなくても動いて見えるようにつくっています。こうした動く錯視は、知覚の時間差で起こるもの、眼球の不随意運動に基づくもの(止まっているように見えて目は微妙に動いている)、原因がよくわからないものなどさまざまです。
 下はどうですか? 葉っぱが波打って見えませんか。こちらも、絵をクリックして見てください。

葉の波=クリックすると大きな画面になります)

錯視にはエンタメの要素も

「葉の波」も北岡先生作。こうした自らデザインした錯視を、自身のホームページで発表している。いままでつくった作品は数えられないくらいで、1万点近くにもなるという。それだけいっぱいあるのだから、ミュラー・リヤー錯視や、フィック錯視(どちらも人名に由来)のように、「キタオカ」と名のつく錯視ができてもよさそうだが、「こればかりは後世の人が判断する」そうだ。

 実は、もともと私は大学では生物学を専攻していたんです。大学院に入ったときに動物心理学を専攻し、博士号も動物心理学で取得しています。その後、就職した東京都の研究所でも、動物を対象に実験などを行っていたのですが、動物に見せる刺激として錯視に注目し、錯視はお金がかからず研究できるので、空いた時間でそちらの勉強を始めるようになって……。
 冒頭でも言いましたが、錯視の研究は新しいステージに入っています。コンピュータの普及が大きな要因で、デザインという面でも注目されるようになっています。エンターテインメント的な要素ですね。これからもますますその傾向は強まるだろうし、みなさんにも新しい錯視づくりにチャレンジしてもらいたい。関心のある人は、ぜひ、私の著書を見たりサイトを訪問してみてください。
 最後に、もうひとつ私の作品を紹介しておきましょう。「青紫背景に赤の踊るハート」で、絵をクリックし大きな画面をプリントアウトして、紙を左右に動かしてみましょう。ハートが揺れて見えるはず。これは脳の情報処理が原因で、明るさの差が大きいところは情報処理のスピードが速く、差の小さいところはスピードが遅いことから起こります。心の動きは気まぐれですが、この錯視のメカニズムは解明されつつあります(笑)。
《文=WAOサイエンスパーク編集長 松本正行》

青紫背景に赤の踊るハート=クリックすると大きな画面になります)

北岡先生のWebサイト「北岡明佳の錯視のページ