- 2013-11-25
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フロントランナーvol.27
宇宙ビジネスはもはや「夢」ではない!
世界初の人工衛星ベンチャーの挑戦
株式会社アクセルスペース社長 中村 友哉
1979年三重県生まれ。東京大学大学院工学系研究科修了(航空宇宙工学専攻)。在学中より超小型衛星の開発に携わり、大学院修了後は特任研究員(大学発ベンチャー創成事業)に。2008年、仲間2人と株式会社アクセルスペースを設立し社長に就任(本社=東京都千代田区)。世界初の人工衛星ベンチャーとして、商業用超小型衛星の開発を行う。2013年11月21日、第1号機の打ち上げに成功した。
製造コストは大型衛星の100分の1!
宇宙をビジネスの場とする――そんな壮大な目標を掲げ、中村社長が仲間2人と「アクセルスペース」を起業したのは2008年のことだった。それから5年、2013年11月21日に同社が手がけた衛星が初めて宇宙に飛び出した。世界初の人工衛星ベンチャーが成し遂げた快挙――。中村社長たちが、誰も手がけたことがない分野に飛び込んだのはなぜか。宇宙ビジネスにはどんな可能性が広がるというのか。アクセルスペースの挑戦を追ってみた。
打ち上げのその日、私は衛星の発注者である「ウェザーニューズ」社の管制センターにいました。ロケット自体はロシアの宇宙基地から発射されたのですが、まずは打ち上げに成功。しかし、無事にロケットが宇宙に達したからといって、まだまだ安心はできません。きちんと衛星が予定の軌道に乗り運用できて初めて成功といえるからです。当日の夜、衛星から電波が届き予定の軌道に乗ったことを確認。それからしばらくのち、きちんと運用できることが確認できた。ようやく緊張が解け、うれしさがぐっとこみ上げてきました。「感無量」という言葉がありますが、あれは、まさにああいうときのことを言うのでしょうね。
みなさんは人工衛星と聞くと、「何百人ものエンジニアが、何年もの時間をかけてつくり上げるもの」、そんなイメージをもっていませんか? 値段も数百億円単位。だから、みなさんにとって衛星は「国が手がけるもの」なのかもしれませんね。しかし、アクセルスペースは私を含めわずか11名です。お金も今回打ち上げに成功した「WNISAT-1」は、衛星本体の制作費に打ち上げ費用、管理費を加えても約3億円しかかっていません。
実は、私たちが手がけているのは、数十cm立方の小さな小さな衛星なんです。「WNISAT-1」だと1辺が27cmの立方体(突起部分は除く)で重さは約10㎏。大人なら十分持ち上げることが可能です。そんな小さな衛星で大丈夫と思われるでしょうが、ご心配なく、これだけ小さくても十分役目を果たします。果たすからこそビジネスとして成り立つ。成り立つと考えたからこそ会社を起こしたわけです。
では、具体的にこうした超小型衛星には、どんな魅力が秘められているのでしょうか。その話をする前に、少しだけ私と人工衛星との出会いに触れておきましょう。
私が、人工衛星とかかわりをもつようになったのは、まったくの偶然でした。化学を勉強しようと考え東大に入学したものの、大学の化学は私が思い描いていたものとは違った。幸いなことに東大は、3年生のときに進む学部・学科を選択する仕組みなので軌道修正したのですが、「どの学科にしようか」と探っていた私の目に留まったのが、学生が開発する人工衛星プロジェクトをスタートさせたばかりの研究室でした。世界で他に誰もやっていない面白いことが、ここでなら経験できる。そう感じたのが決め手です。
当時(2000年)はまだ、学生が人工衛星をつくるなんて、例がありません。だから、すべてが手探り。大学の講義で学ばないことばかりなので、毎日が試行錯誤の連続でした。それでも、ジュースの缶ほどの大きさの「CanSat」を、高度4キロに打ち上げることに成功します。さらに、私たちは10cm立方の「CubeSat」を800キロの高さに打ち上げることに挑戦し、こちらも成功! このときの経験が、いってみればクセになったんでしょうね(笑)。
大学院を終えた段階で、私にはいくつか進路の選択肢がありました。ひとつは、そのまま大学に残って研究者になること。もうひとつは、JAXA(宇宙航空研究開発機構)なり民間の大企業なりに入って大型衛星の開発に携わる、です。しかし、どちらも私にとってはしっくりこなかったんです。学生時代に手がけた最後の衛星は、わずか8kgで地上30mのものを見分ける能力(=これを地上分解能といいます)をもっていました。小さな衛星が、1970年代の大型衛星と同じことができるまでに技術は進化していたわけです。
「この技術はきっと社会の役に立つ。埋もれていたニーズを引き出せるはずだ」と思い始めていました。しかも、大企業の衛星エンジニアなら大型衛星のほんの一部分を担当するだけだが、超小型衛星の開発だったら全体を見据えることができる。当然、やり甲斐も大きい。ならば……迷いはありませんでした。
北極海の海氷の様子を衛星で探る
同じ思いは、東大と東工大で衛星プロジェクトに関わった中村社長の仲間ももっていた。2007年、彼ら3人は一緒に会社を立ち上げよう、と決意する。当初の運営資金は文部科学省の「大学発ベンチャー創出事業」に採択されたことで賄うことができた。それにより研究員扱いとなったので、東大の中の空き部屋も借りられた。この間は、いってみれば起業に向けての準備期間だ。ビジネスは、お客さまがあってこそ成り立つ。中村社長たちは、衛星を購入してくれる会社を探した。だが、注文はなかなか得られなかった。
大学時代の研究室のツテを頼ってかたっぱしから企業を回ったのですが、「人工衛星を使ったビジネスですか? 面白そうですねぇ」とは言ってくれるものの、「じゃあ、やりましょう」とはならない。いま考えれば当たり前。いきなり「人工衛星を使ってください」と言われても、普通の人は困ってしまいますよね(笑)。ましてや、こちらはまったく実績がない。注文は出したが、途中で発注先が潰れてしまった、という危険もあるわけです。何十社回っても手ごたえなし。あっという間に時間が過ぎていきました。いつになっても「どうやれば、超小型衛星とビジネスをつなげることができるのか」、その答えが見えてこない一番辛い時期でした。
振り返ってみれば、このころの私たちは単なる「人工衛星の開発者」だったわけです。「お客さまのニーズを吸い上げてものをつくる」というビジネスの基本を理解できていなかった。ただ、これは貴重な経験だった、と思います。結果的に、「じっくりニーズを吸い上げ、お客さまの問題を解決する方法を設計に落とし込む」重要性をしっかり理解し、それを私たちの強みとしたからです。
そんな苦しかった時期、ある幸運が舞い込みます。気象情報大手のウェザーニューズ社が、北極海の衛星画像を求めていたことがわかったのです。そう、先に紹介した当社初の人工衛星は、このニーズに応えたものでした。
ウェザーニューズ社はいろいろな企業に気象情報を提供しています。そのなかには海運会社もあって、彼らは北極海の正確な情報を求めていました。通常、日本からヨーロッパに荷物を運ぶ際、インド洋を通り、スエズ運河か喜望峰を経て地中海というルートを通ります。そうではなく、海が凍りつかない夏だけでも北極海を進むようにすれば、その間は距離を最大半分程度も縮めることができるんです。コストもその分、安くすむのですが、問題は氷山などの海氷。海氷にぶつかってしまうと貨物船はひとたまりもありません。また、事故を起こせば環境に甚大な影響を与えてしまうため、なかなか北極海航路は実現できずにいました。
ウェザーニューズ社は既存の大型衛星が撮影した画像を使って、海運会社に海氷の情報を提供しようとしました。しかし、多目的衛星を利用しているため、取得頻度が不十分で、また撮影してから入手できるまでの時間も数日かかり、氷の動きを予測するためのデータとしては満足できるものではありませんでした。そのため、北極海航路も試験運用にとどまっていたんです。それを聞いた私たちは、「自社で専用衛星を保有すれば問題は解決できる」と提案します。そうして得られた衛星画像に、風の情報などを組み込み、シミュレートすれば海氷の動きが予想できる――。初めて、お客さまが私たちの話に耳を傾けてくれた瞬間でした。
「WNISAT-1」は、船が安全に航行できる場所を探るだけなので、画像はそれほど高解像度なものでなくてもいい。地上分解能500mで、高度は600km。その軌道を、地球を南北に1日14周し情報を送る。それだけで十分、目的が達成できる。逆に言うと、ここまで機能を絞ったから、通常の衛星とは比べられない値段で制作することが可能になった。もちろん、部品もなるべく高価なものは使いません。多くは宇宙用ではなく汎用品。ミッションに影響が出ない範囲で、コストダウンにも取り組みました。超小型衛星のメリットを最大限に生かしたわけです。
1匹目のペンギンになり、世界を変える!
ウェザーニューズ社との契約がまとまった段階で晴れて会社を設立。2008年のことだった。当初、打ち上げは2010年の予定で、もちろん衛星も完成していたが、ロケットの都合で予定通りには行かず、延ばし延ばしになった、という。しかし、ようやく1号機の打ち上げが実現。来年(2014年)2月には2機目となる「ほどよし1号機」(内閣府最先端研究開発支援プログラムで開発された衛星)が打ち上げ予定だ。「自家用ヘリコプターを持つような感覚で、人工衛星を利用してもらう日がきっと来る」と中村社長は言うが、それはそう遠くないことかもしれない。
「1匹目のペンギンになれ!」
これは、ウェザーニューズ社の創業者である石橋博良さんからいただいた言葉です。ペンギンは海に入らないと魚を食べられませんよね。しかし、海が荒れていたりしたらなかなか飛び込めない。そんなときに、勇気のある1匹がまず先陣を切って飛び込むのだそうです。多くのペンギンは、そのあとに続く。石橋社長は、その「1匹目のペンギンになりなさい」と私に言われた。
残念ながら、石橋さんは亡くなられましたが、いまもこの言葉が私の座右の銘のようなものになっています。石橋さんは、「天気に関する情報の提供は気象庁が行うべきもの」という常識を覆し、大成功を収められました。この言葉を聞いたとき、「自分たちも石橋さんのようになろう」と使命感のようなもので心が熱くなりました。
さて、当社のこれからの方向性ですが、ひとつはウェザーニューズ社のように自ら人工衛星を持つことにメリットがある会社に、私たちの衛星を利用してもらうこと。これに関しては、おかげさまで企業からの引き合いが多くなってきました。いまは、お客さまの問題点をじっくり聞き、どのような衛星をつくれば、それらを解決できるかを話し合っている段階です。
もうひとつは、すでに大学などに販売している衛星のコンポーネント(ハードとソフトが一体化した部品)を、海外を含めたいろいろな組織に提供すること。さらに、私たち自身が衛星を保有し、高精細な衛星画像(地上分解能2.5m)をさまざまな企業に提供し、ビジネスに活かしてもらうことを目標にしています。
2016年に打ち上げを計画している「GRUS(グルース)」はまさにそのための衛星で、3機程度の衛星をまとめて軌道に投入します。複数機を使うことで、地球を高頻度で観測できる。そうすることで、大型衛星では実現できなかったリアルタイムに近い衛星画像が提供できるようになり、それらを活用する裾野が広がる、と考えています。いままで衛星とは無縁だった会社も利用できるようにはず。ただし、将来的にはグーグルマップのように誰もが無料で利用でき、活用法を世界中で考える、といったサービスにしていきたい、と思っています。まだまだ先の話でしょうが、夢は大きく持ちたい、ですからね(笑)。
その夢に関してですが、よく「宇宙ですか? 夢があっていいですね」と言われるんです。でも、私たちにとって宇宙は、もはや夢ではありません、「現実」。だからこそ、着実に一歩一歩、歩んでいかなくてはならない。1号機は無事、打ち上がりましたが、まさにこれからなんです。むしろ、「宇宙を“夢の場所”ではないようにする」――そのことが私たちの「夢」と言っていいでしょう。みなさんが大人になったとき、私たちが手がける衛星が、ごくごく当たり前に使えるようになると本当に素晴らしい、と思いませんか? そうなるように、これからも頑張っていきます。
《文=WAOサイエンスパーク編集長 松本正行》