• 2014-01-06

フロントランナーVol.30

右利きのヘビと左巻きのカタツムリ…
「右」と「左」から迫る生物進化の謎

京都大学白眉センター 特定助教 細 将貴

1980年、和歌山生まれ。2003年、京都大学総合人間学部卒。2008年、同大学院理学研究科博士課程修了。日本学術振興会特別研究員として東北大学に、同振興会海外特別研究員としてオランダ・ ナチュラリス生物多様性センターに在籍。2013年より京都大学白眉センターの特定助教を務める。2012年に出版した『右利きのヘビ仮説』が優れた科学ノンフィクションとして大きな話題になった

左巻きのカタツムリが生まれたのはヘビが原因?!

あなたは右利きだろうか? それとも、左利きだろうか? 多くの人は「私は右利きです」と答えることだろう。日本に限らずどの国に行っても右利きの人が圧倒的多数を占めている。しかし、なぜ右利きが多いのか実はよくわかっていない。人間だけでなく動物にも右利き・左利きがよく見られるが、多くは謎のまま。「左右の非対称性」は生物進化の大きなテーマなのだ。京都大学の細先生は、カタツムリとヘビの関係から、それに挑む。先生と一緒にカタツムリとヘビが織り成す「進化のストーリー」を追ってみよう。

 カタツムリやヘビの「右利き・左利き」と言われてもよくわからないでしょうね。どちらにも手がないから、利き腕といったものはありませんし(笑)。じゃあ、どこに「左右の非対象性」といったものが現れるのか? カタツムリの場合は、貝殻の螺旋が右に巻いているか左に巻いているか、ヘビの場合は(一部のヘビですが)口の左側で獲物を食べるか右側で食べるか。そういった違いがあります。
 このような例は生物の世界ではさほど珍しいことではなく、最も有名なのはカレイとヒラメでしょう。目が体の右側についているのがカレイでヒラメが左側なのは、みなさんもご存じでしょう。シオマネキというどちらか片方のハサミが異常に大きなカニを、テレビか何かで見た人も多いと思います。また、「シクリッド」という魚のうちアフリカ中部のタンガニーカ湖に生息しているもののなかには、他の魚の鱗(うろこ)を食べる変わった種類がいます。鱗をはぎ取りやすいようにどの個体も口が左右どちらかに開きやすくなっているのですが、どちらが多数派になるのかは年ごとに違う。ある年は左側が開きやすい構造をしている個体が多くなり、別の年はその逆といった具合です。
 こうした左右の非対称性のなかでも、我らがカタツムリの右巻き・左巻きは大きな謎でした。なぜ、大きな謎なのか? それは生殖活動と極めて密接に関係しているからです。
 えっ、「そもそも右巻き、左巻きってどうやって見分けるのか」ですか? とてもいい質問ですね(笑)。まずはそれを説明しましょう。
 カタツムリの貝殻を上から眺めてください。螺旋が時計回りになっているのが右巻き、反時計周りなのが左巻きです。下の写真のように殻を正面に置いて見てみるとよくわかります。殻の口が右にあるのが右巻き、左にあるのが左巻きです。実は、カタツムリには右巻きと左巻きが共存する種類はほとんどなく、多くの種は右巻きなんです。しかし、わずかだが左巻きの種がいる。そして、この左巻きの種が存在することがうまく説明できない……。
 普通の人はあまり気づくことはないでしょうが、カタツムリの頬とでも呼ぶべきところには穴があります、これは、交尾をするとき「生殖器が伸びていく穴」ないし「生殖器を差し込む穴」で、生殖孔と呼ばれます。さて、あるカタツムリの種類に突然変異で左巻きが生まれたとしましょう。果たして、この個体は自分の子孫を残すことができるでしょうか? 答えは「残せない!」です。実験でも確かめられていますが、右巻きと左巻きのカタツムリではどうやってもうまく交尾ができないんですよ。
 もう1匹、左巻きの個体がいれば子孫を残すことができるものの、よほどの偶然がない限り左巻きのカタツムリが交尾相手に恵まれる確率は低い。つまり、右巻きの個体と比べて左巻きの個体は圧倒的に不利になるわけです。なのに、左巻きの種が実際に形成されている。これが、どうしてなのかがわからない。
 ある本で、この「カタツムリの逆巻き進化の謎」を知ったとき、私の頭では、それと2つの事柄が結びつきました。大好きで長期休暇のたびに出かけていた沖縄には「左巻きのカタツムリが何種類も生息している」こと。そして、友人から聞いた「沖縄の西表島にはカタツムリばかり食べるヘビがいるようだ」です。
 そして、次のような仮説がひらめきました。
 カタツムリを主食とするヘビのなかには、右巻きのカタツムリを食べるのに熟達したものがいるかもしれない。そんな捕食者がいれば、左巻きのカタツムリは生き残りやすいはずだ。生き残ることができれば、交尾相手に恵まれる確率は上がるに違いない――。

(殻の口が右にあるのが右巻き、左にあるのが左巻き)

“幻”の右利きヘビを捕まえた!

細先生が、この「右利きのヘビ仮説」を思いついたのは京都大学の4年生のときだった。その後、大学院に進学して研究を本格化。しかし、そこには大きな壁が立ちはだかっていた。仮説を検証するには、カタツムリを食べるヘビの観察が欠かせないのだが、そのヘビは「幻のヘビ」と呼ばれるくらいレアな存在だったのだ。見つかっただけで地元の新聞に載るほどの珍獣。冒険はスタートする。

 そのヘビはイワサキセダカヘビといいます。南西諸島の石垣島と西表島にのみ生息する日本固有種で、全長は最大で80cm、頭の大きさは2cm程度になります。イワサキは初めて標本を提供した人の名前にちなんでおり、セダカは「背高」、胴体が縦に平たいから。普段は樹上に暮らすヘビだといわれていますが、よくわかっていません。しかし、重要なのは生息域で、イワサキセダカヘビの生息域と左巻きのカタツムリのそれは重なっていたんです。
 のちにある動物学の先生から「自分の学生だったら止めていた」と言われたくらい根拠薄弱で、ヘビの捕獲自体も難しい“リスキーな研究”でした。しかし、私には小さな確信がありました。古い論文のイワサキセダカヘビのアゴの絵を見ると、鱗が非対称で配置されていたからです(普通のヘビは左右対称)。研究テーマに迷っていた私は、一種の賭けに出た。「やるしかない!」。そして、今度はイワサキセダカヘビの骨格標本をある研究機関から送ってもらって調べたのですが、結果は……なんと左右の歯の数がぜんぜん違う! 右の歯が左の歯の数よりだんぜん多いんです。同じ科のヘビを調べても、やはり右の歯のほうが多かった。私の想像したとおり、イワサキセダカヘビは右利きのヘビだったわけです。
 その右利きのヘビが、どうやってカタツムリを食べているのか、気になりますよねぇ(笑)。実際は、イワサキセダカヘビを捕獲し観察してわかったことなのですが、先にそちらをお話しておきましょう(下の写真を参照)。
 まず、ヘビは獲物の後ろから接近、顔の右側を上にして軟体部に噛みつきます(殻は食べません!)。カタツムリは当然、殻の中に逃げこもうとします。それに伴って、ヘビの頭も殻に向かって引きずられます。このときヘビは上アゴを殻にひっかけ、左右が分離している下アゴはそれぞれ別々に動かすんですよ。動かすってどんなふうに? 左は殻の奥まで入って獲物を引き出すように動きます。右巻きの場合、左の下アゴのほうが深く奥に突っ込むことができるからです。そして、もう一方の、ぎっしり歯が並んだ右の下アゴは獲物の身をつかんで食いしばる。そう、右の歯の数が多いのは、しっかりカタツムリの身をつかんで逃さないようするためなんですね。


 繰り返しになりますが、このヘビは大多数を占める右巻きのカタツムリを食べやすいよう進化しました。事実、リュウキュウヒダリマキマイマイなど左巻きの種類のカタツムリを与えても、その生存率は格段に高いことが実験で確かめられています。ヘビの“利き口”でないほうに、殻の口が向いているから生き残ることができた! しかし、こうしたデータが得られたのも生きたイワサキセダカヘビを使ったからです。「幻のヘビ」を捕獲するのは、ほんと大変でした(笑)。
 私が向かったのは西表島です。イワサキセダカヘビは夜行性だから、探索は夜間、森の中で行います。みなさんは、熱帯地域の暗~い森の中って想像できますか? そこは、まさに魑魅魍魎(ちみもうりょう)の世界。クモなんかかわいいものです(笑)。鬱陶しいのはハチにムカデ、日本最大のゴキブリなんかもいます。毒をもつハブの仲間もいるから、噛まれないよう注意しないといけません。
 そんな危険な探索行なのに、学生の身分でお金がないので装備もいくつか手づくりしました。移動も自転車。目撃情報も少ない、滞在時間も限られているので、肉体的にも精神的にもきついものがありました。でも、研究の神様は見てくれているんですね。ある日、求めていたヘビが現れた。それも、自転車を漕いでいた私の目の前、アスファルトの上に(笑)。おそらく、木から下りてどこかに移動する途中だったのでしょう。
 このとき、私は何かを叫んだと思う。「思う」と言ったのは、ほとんど何も覚えていないからです。ただ……小さくガッツポーズをし一人喜びを噛み締めたことだけはかろうじて記憶しています。

進化生物学の進歩に貢献

生きたイワサキセダカヘビを手に入れるだけなら、お金で買い取るという方法もあった。しかし、それをしなかったのは、ヘビの野外での生態を知りたかったのと、何よりもどんな種類のカタツムリを食べているのかを特定する必要があったからだ。イワサキセダカヘビを自ら捕まえたことで、細先生はそれら貴重な情報を手に入れた。とくに後者は世界初のことだった、という。いまも細先生は、機会があるごとに西表島に赴く。ヘビも現在までに10匹以上捕獲した。「ヘビとカタツムリ、その右と左」の研究はまだまだ続く。

 先ほどはあまりお話ししませんでしたが、実はイワサキセダカヘビを捕まえたあとも大変だったんです(笑)。なにせ、観察の対象が生き物ですから、こちらの言うとおりには動いてくれません。夜行性のヘビがカタツムリを食べる一瞬をとらえるため、一晩中ビデオを回し続けなくてはいけませんでした。何度も言いますが資金は潤沢ではないし……。どう安く、効率的・効果的に必要なデータを得るかには、ほんと苦心惨憺しました。
 いずれにしろ、私の研究によってヘビとカタツムリの「進化のストーリー」、その一端が明らかになりました。まず、カタツムリを捕食するヘビが生まれ、右巻きに対応するようにアゴが進化していった。結果、右巻きカタツムリの数が減少し、突然変異で生まれた左巻きカタツムリが占める割合が高まり、右巻きの種から左巻きの種への進化が起こった――。
 実は、私の研究には科学として重要な側面が別にあります。
 従来、「1個の遺伝子の変異が大きな効果を持つ場合、その変異はたいてい悪い影響を及ぼすことになるため、進化そのものにはつながらない」、そして「種の分化は小さな効果をもつ遺伝子の変化が積み重なって起こる」と考えられていました。しかし、カタツムリの右巻き・左巻きはたった1個の遺伝子によって決まります。私の研究により、巻き方向は生殖に対してのみならず、生存にも大きな影響を与えることがわかりました。これは、従来の理論が想定してこなかったことでした。ほんの少しかもしれませんが、私の研究が進化生物学の進歩に貢献したといえるでしょう。
 もちろん、これで終わったわけではありません。研究に終着点はありませんから。たとえば、東南アジアにはナメクジばかりを食べるセダカヘビがいるそうで、こちらは歯の数が左右が同数です。これも調査しなくてはいけません(ナメクジはカタツムリの仲間。実は、カタツムリの殻が退化していまの姿になった!)。巻き方向以外のカタツムリの護身術にも興味深いものがあり、2012年には、「子どものときは尾っぽを切り離して逃げる」という行動(「自切」)を見つけました。このように、まだまだヘビとカタツムリの研究は続けていますし、右と左にかかわる新しいテーマにも取り組み始めています。
 とにもかくにも、研究というのは面白い。ワクワクするような研究にまた向かいたいと思います。
《文=WAOサイエンスパーク編集長 松本正行》

細先生の著書『右利きのヘビ仮説』
東海大学出版会、2000円(税別)