• 2014-02-05

フロントランナーVol.32

環境浄化とリサイクルを革新する
古くて新しい「選鉱」技術

早稲田大学創造理工学部 准教授 所 千晴

1975年、兵庫県生まれ。早稲田大学理工学部卒業。東京大学大学院工学系研究科修了。2004年、早稲田大学助手に就任。専任講師を経て、2009年より現職(環境資源工学科)。就任当時は早稲田大学の最年少の准教授として話題となった。専門は環境浄化やリサイクル分野における分離技術。アマチュアピアノコンクールで優勝した経歴をもつ。

再び脚光を浴びる鉱山に関わる技術

さまざまな電化製品に満ち溢れ、世界中の人とのコミュニケーションまで容易になった現代社会。しかし、文明の発達は環境への負荷を伴う。また、近年はレアアースなど限られた資源の有効活用も問題となってきた。早稲田大学の所先生は、世界が抱える、この2つの難問の解決に取り組む。武器は「ミネラルプロセッシング」だ。日本語では「選鉱」と呼ばれ、鉱山に関わる古い技術だが、21世紀のいま、再び脚光を浴びるようになった。それを使えば何が実現できるのか、どのように私たちの社会を変えるというのだろう。

 ミネラルプロセッシングの歴史は古く、先史時代(文字を使用する以前)からあるとされています。金や銀、銅、鉄など有用な金属のほとんどは地中にかたまりとしてあるわけではなく、鉱石のなかに少しずつ含まれています。そのため、「うまく金属を選別して取り出す方法」が重要になってきます。それがミネラルプロセッシング。また、選別に伴って発生する汚染物質を処理する技術も、ミネラルプロセッシングが担っています。
 昔は日本にもたくさんの鉱山がありました。佐渡金山や生野銀山、足尾銅山などは日本史の教科書にも出てくるのでみなさんもご存じでしょう。ところが、石灰石の鉱山を除いてほとんどが閉山してしまいました。大規模に残っているのは菱刈鉱山(鹿児島県にある世界有数の金鉱山。銀も採掘できます)くらいでしょうか。そのため、鉱山技術と聞けば「古い!」と思われがちなのですが、実はそうではありません。いま説明した選別における汚染物質の処理は、ずばり「環境の浄化」ですし、金属を取り出す部分は資源の活用につながります。もちろん、広く世界に目を向けると、まだまだ鉱山の開発は進められており、ミネラルプロセッシングの重要度は増す一方なんです。私のような女性の「選鉱屋」も増えてきました。
 前置きはこれくらいにして、具体的にどのような技術の開発に取り組んでいるかをご説明しましょう。「廃水処理」「レアメタルのリサイクリング」――この2つが私の研究のキーワードです。
 日本の浄水技術は世界でもトップレベルです。インフラも整備されているので、日本に住む限り水に困ることはほとんどないでしょう。ただし、水をきれいにすることに重点が置かれていたため、処理の過程で出る汚泥が疎かになっていました。どうやれば汚泥を減らすことができるのか、有害なものだけを効率よく汚泥の中に取り込むにはどうすればよいか……。そうした研究はあまり進んでいませんでした。汚泥は最終処分場というきちんと管理された場所に運ばれるのですが、日本の国土は狭く処分場に適した土地は多くありません。もっと汚泥の量が少なくなる、環境に負担をかけない廃水処理を考える必要があるわけです。
 こうした課題に、私は「有害なものと無害なものを効率よく分ける」ことからアプローチしています。注目したのは、固液界面上で起こる現象です。
 水がたまったプールの底に泥が沈殿しているとしましょう。このとき、泥(=固体)と水(=液体)の境界の近く(固液界面)で、わずかな時間、物質が濃縮されることが以前から知られていました。ただし、なぜ、このような現象が起こるのかは正確にはわかっていませんでした。中学生でも、イオンという言葉を聞いたことがあるでしょうね。電子を1つ失ったり、得たりした状態の原子のことですが、固液界面ではこのイオンが多く存在します。イオンにはマイナスとプラスがあって、泥にプラスのイオンが多く含まれていれば、水の中のマイナスのイオン(たとえば有害な物質である砒素)が引き付けられます。こうしたメカニズムで先ほどのような短時間の凝縮が起こることを、私たちが明らかにしました。
 この発見によって、水を浄化するための薬剤は、従来のように一度にドカンと入れるのではなく、少しずつ時間をかけて投入したほうが有害物質は効率よく沈殿し、薬剤自体も少なくてすむことがわかってきました。これらは、実験やシミュレーションでも確かめられています。化学や物理の常識である「化学平衡理論」と呼ばれるものとは異なる特殊な現象なのですが、こうした新しい発見ができるところも、この分野の醍醐味といえるかもしれません。

(どんなメカニズムで起こるかは極めて重要)

ゴミを宝の山に変える画期的手法

少しずつ時間をかけて薬剤を投入すれば、有害な物質を効率よく集めることができる――。これをうまく応用すれば、浄化コストの削減につながるし、汚泥の量も減って環境への負荷低減にもなる。ただし、現在のところは、まだ「実用化に向けての研究段階」だ。これに対して、もうひとつのキーワードである「レアメタルのリサイクル」は、実用化が進んでいる。大手新聞の元旦号で取り上げられるなど大きな注目を集めている。

 「都市鉱山」に関するニュースがよく報じられるようになりました。都市鉱山ってわかりますか? 実は、みなさんが手に持っている携帯電話やスマートホンも都市鉱山の一部なんですよ。都市からゴミとして出た大量の電子機器を鉱山とみなし、そこから貴重な金属を取り出して再利用しようという取り組みが進んでいます。日本は世界でも有数の「都市鉱山大国」で、国を挙げて都市鉱山の“開発”に力を入れています。
 なかでも、研究開発が必要とされているのがレアメタル(希少金属)やレアアース(希少土。レアアースはレアメタルの一部)のリサイクルです。たとえば、レアメタルのひとつ「タンタル(電子番号73)」はコンデンサの小型化で力を発揮する金属。レアアースのひとつである「ネオジウム(電子番号60)」は、強力な磁力を持った永久磁石をつくるために必要な物質です。いまから3年ほど前(2011年)、中国からのレアアースの輸入がストップしたことで大騒ぎになったことがありましたが、実際、高性能の電子機器をつくるためにはなくてはならない存在なんですね。
 では、都市鉱山からどうやって貴重な金属を回収しているのかを、簡単にご説明しましょう。
 まず、携帯電話などの電子機器を1か所に集め、そこから基板だけを取り出します。集めた基板には、それぞれ無数の電子部品がついており、それをひとつひとつ取り外していくのが次の段階です。そして、部品ごとに選別して専門の業者に送り、不純物を取り除いて純度の高いものに仕上げていきます(これを「製錬」といいます)――。
 このうち「電子機器を集める部分」は、法整備やリサイクル意識の高まりもあって、少しずつ進んでいます。一方で、いまだにネックなのが、「電子部品を取り外す」ところです。レアメタルのリサイクルに適した方法は機械化が難しいので、すべて手作業。膨大な時間と費用がかかっているんですね。そのため、効率よく基板から電子部品を取り外す方法が求められていました。
 実は、その方法が見つかりました。それを使って企業と共同でつくった機械が下の写真。この中に洗濯機のドラム(洗濯ものを入れる筒状の部分)のような粉砕機が入っており、携帯電話の基板を投入します。そして、ゴロゴロと高速で回転させると……あら不思議(笑)、部品が基板から離れ、下に溜まっていくんです。それはそれは「みごとなもの」。ダンボール箱1個分の携帯電話の基板を入れたら、金ならば指輪が一個分取り出すことができます。
 洗濯機のようなものですからメカニズム自体は簡単なのですが、効果はバツグンです。普及すれば、レアメタルやレアアースのリサイクルが進むことでしょう。
 ただし、私たちの研究はこれで終わったわけではありません。もっと効率的な方法を見つけるのはもちろんですが、なぜ、このような現象が起こるのか、物理や化学の法則に基づいてきちんと理論づけるということも重要な仕事なんです。ここが大学と企業の研究の一番の違いでしょうね。
 とくに環境の分野は、人間の健康と密接に関係しているので、「あまり原因はわかっていないが、いい結果が出たから、まぁ、よしとしよう」ではダメなんですね。「Aという理論に基づきBという現象が起こる。だから、この方法は有効で安全」という形でなければいけません。どんな分野でもそうでしょうが、基礎を疎かにしてはいけない。応用ばかりに目が行ってしまうと、根無しく草のようになってしまって、結果的に、特徴や強みを出せなくなってしまいます。ここは、中学生や高校生の勉強と同じ。みなさんには少し「耳の痛い話」だったでしょうか(笑)。

(リサイクルの効率化を進める画期的な機械)

環境はさまざまな分野が知恵を出し合ってよくなる!

所先生は知る人ぞ知るピアノの名手だ。日本アマチュアピアノコンクールで優勝(審査委員特別賞も同時受賞)するほどの腕前。最近は研究が忙しくてなかなかピアノに向かう暇がないそうだが、数年に一度は「人前で弾く」ようにしている、という。ところで、ピアノと科学はつながっている部分があるのだろうか? 「リズムは数学、つまり論理です。感性の部分は直感と関係する。よくはわかりませんが、ピアノをやっていてよかったとは思いますね」。ユニークな発想も、こんなところから生み出されたのかもしれない。

 アマチュアのピアノコンクールで優勝したくらいなのに、「なぜ、科学者の道に進んだのか」ってよく聞かれるのですが、とくに科学者・研究者になろうなんて思ったことはありませんでしたね。音楽の道に進まなかったのは“甘い世界”ではないとわかっていたからだし、理系に進学したのも、単に環境にすごく興味があったからです。私って、面白いと思ったら、どんどん突き進んでしまうタチなんですよ。いつの間にか研究者になっていた、というのが正直なところ。いい意味で、凝り性なんですね。ただ、早稲田のパンフレットには「環境が勉強できる!」って書いてあったのに、「鉱山」に関係する分野だったのは想定外でした。鉱山って男性のイメージでしょ(笑)。まあ、いまでは研究を楽しんでいますし、女性の進出も進んでいる。いずれにしろ、結果オーライですね。
 いま紹介した2つ以外にも研究テーマはたくさんあって、たとえば廃水処理でよく知られているフェントン法という技術を応用して、CO2をエタノールにするという研究にも挑戦しています。ちょっと難しいので、ここでは詳しく述べませんが、環境にやさしいエネルギーの開発は私にとっても挑戦的ですし、誰もやっていない未開拓の領域という点も魅力的です。時間はかかるでしょうが、何とか形にしたい。ほんと、やること、やりたいことがいっぱいあって、困ってしまいます(笑)。
 その他、環境分野の研究の醍醐味としては、理系以外の人たちとの関係も重要だ、ということを挙げることができます。経済効率と密接に関係しているし、どのように政策を進めるかという政治学・政策学的な面も大きい。化学、物理、経済、政治といった分野の研究者、行政や企業の人たちが知恵を出し合って、初めて私たちの環境は維持されるし、もっともっと暮らしやすい社会にすることができるわけです。
 もうおわかりいただけたと思いますが、別にサイエンスの分野だけが環境に関係する、というわけではないんですね。環境問題に関心をもっている人は多いでしょうが、それぞれに合った道に進んで貢献すればいい。もっとも、どこに進んでも、他分野との連携が重要になりますから、コミュニケーション力を磨くことは大切です。いろんな人に会いお話をして、刺激も受けましょう。そして、一緒に、よりよい環境をつくっていけたらいいですね。
《文=WAOサイエンスパーク編集長 松本正行》

所先生の研究室のWebサイト