- 2014-03-31
- ツイート
フロントランナーVol.35
あなたの内なる時計は“いま何時”?
病気とも関係する体内時計の不思議に迫る
山口大学時間学研究所 教授 明石 真
1973年生まれ。北海道出身。京都大学農学部卒、同大学院理学研究科博士課程修了。京都大学、大阪バイオサイエンス研究所勤務を経て、佐賀大学医学部助教に。2009年、山口大学時間学研究所教授に就任。専門は時間生物学、分子生物学。2013年に『体内時計のふしぎ』(光文社新書)を出版した。
時計遺伝子の発見で一気に研究が進んだ
私たちは、地球の自転が生み出す「1日」という時間に合わせて生活している。その一方で、そもそも体には時間を司る遺伝子があり、ほぼ正確に24時間のリズムが刻まれていることは意外と知られていない。それが「体内時計」――体内時計とは脳で感じる感覚などではなく遺伝子によってつくられる生体機能なのだ。近年、体内時計の研究が進み、メカニズムが解明されるようになった。加えて、肥満や糖尿病、ガンといった現代病との関係も明らかになっている。「24時間社会」に生きる現代人にとって、体内時計を研究する重要性は高まっている。
みなさんのなかにも、海外旅行の際、時差ぼけを経験した人がいるでしょうね。体内時計と聞いたとき真っ先に浮かぶのが、この時差ぼけではないでしょうか。しかし、普段「寝ている時間」と「起きている時間」が逆転したから体の調子が悪くなった、といった単純な話ではありません。実は体温、血圧、消化、代謝、免疫など多くの生理現象が約1日のリズムで変化しており、それが時差ぼけと密接に関係しているのです。
たとえば、朝の体温と夕方のそれとでは1度近くも差があります。血圧も1日のリズムで上ったり下ったりしている。要するに、起きている「べき」時間には活動がしやすいように、そして寝ている「べき」時間には翌朝に備えるように、体内時計が1日のリズムを体につくりだしている。そうした身体のリズムと実際の生活のリズムとの間にズレが生じると、たくさんの臓器や器官に負担がかかる――。それが、時差ぼけなんですね
生体リズムがあるといわれても、なかなか実感できないでしょうが、マウスを時間がわからないはずの真っ暗な箱に閉じ込めても、約24時間の周期で生理現象にリズムが現れることがわかっています。人間も同じ。時間がわからないはずの洞窟にいる人の体温を測ったら、ちょうど1日でリズムを刻んでいたという研究もありました。しかも、このリズムは安定しており、このような環境でも何週間も続くことがわかっています。これが、体内時計――。体外の環境の変化によって体に生じるのではなく、体内において自律的(自動的)に「時を刻むシステム」が、私たち哺乳類だけではなく、魚や虫、植物、細菌までほとんどの生物に備わっているんです。
では、どのようにしてリズムは刻まれているのでしょう? まだ数多くの謎は残っていますが、1997年に「時計遺伝子」が発見されて以降、メカニズムの解明が進みました。
時計遺伝子は体の1日のリズムをつくりだし、1日の中で適切な時間帯に体の機能を活性化させます。たとえば、先ほど説明したように1日の中で体温は夕方ごろに一番高くなる。そうなるよう時計遺伝子が、体温に関係する遺伝子の活動に1日のリズムを与えているのです。現在、約20個の時計遺伝子が知られています。
ただ問題なのが、時計遺伝子はきっちり24時間リズムを刻んでいるわけではないという点です。細胞ごとに周期の長さに違いがあるため、何もしないとだんだん細胞間のリズムが大きくズレてしまう。もし、体中の細胞の時計がバラバラに働いてしまうと、身体全体としてのリズムが失われ、体内時計として機能しなくなるでしょう。しかし、そうならないような調整システムが私たちの身体にはちゃんと備わっているから不思議ですね。
脳の中、ちょうど眉間の奥に視交叉上核(しこうさじょうかく)と呼ばれる直径1ミリにも満たない小さな神経組織があります(以下、下図参照)。ここは「時計の王様」とでもいうべきところで、目に入った光の刺激が即座に視交叉上核に伝わります。それによってまず視交叉上核の時計遺伝子のリズムが調節され、次にホルモンなどを使って全身の細胞にある時計遺伝子のリズムが調節されます。電波を受け取り自動で時間を調節する「電波時計」というものがありますが、あれを想像するとわかりやすいでしょうね。視交叉上核がいわば電波塔。そこから出た電波で各家庭(細胞)の時計が修正されます。このシステムのおかげで、体中の細胞において時計遺伝子が同じリズムを刻むことができるわけです。
現代病の多くが体内時計と関係する
朝、目が覚めて太陽の光を浴びると、体内時計の時間調節が行われ、体中の各器官のリズムが調節される――。私たち人間は昼行性の生き物だ。昼間に活動し夜は休眠するようプログラムされている。ところが、照明の発明が人間の活動を一変させた。いまや、昼夜逆転の生活は珍しくなくない。昼夜逆転とまではいわないまでも、体内時計のタイミングと生活リズムのタイミングのズレは頻繁に起きている。そのことによってもたらされる「時差ぼけ」が、私たちの体にさまざまな影響を与えていることもわかってきた。
糖尿病、脳卒中、肥満、高血圧などの生活習慣病は、「食生活」「運動不足」「ストレス」が3大要因といわれています。4つ目の要因として「体内時計」も加えるべきだというのが、私たち時間生物学に携わる研究者の考え。実際、いまから紹介するように、体内時計と生活リズムのズレが、いろいろな病気のリスクを高めることがわかってきました。私たちは、照明によってもたらされる「日常的に起こる時差ぼけ」の影響を、あまりにも軽視し過ぎています。
以前から、看護師さんたちに生理不順や流産が多いことは知られていました。工場などで昼夜交代勤務する人たちと病気との関係も研究されています。しかし、職場環境や生活習慣の違いなども紛れ込むため、本当に時差ぼけが原因で病気になるという確証は得られなかった。ところが、時計遺伝子の発見によってマウスを使った実験が可能になり、病気との関係がはっきりと見えてきました(時計遺伝子のすべてはマウスと人間とで共通)。
ざっと、体内時計と関係するとみられる病気を挙げていきましょう。「睡眠障害(不眠)」「気分障害(うつ病など)」「肥満・糖尿病」「ガン」「動脈硬化」などなど。病気ではないですが、「老化」の進行にも関わります。このうち睡眠障害と気分障害は何となくイメージしやすいでしょうね。一方、肥満やガンなどは「ホント?」といったところでしょうか。
まずは糖尿病。糖尿病は、血液中の糖分(グルコース)の濃度が常に高く、そのことでいろいろな臓器に障害を受ける怖い病気です。すい臓から出るインスリンという物質がうまく働かないことで、この病気になってしまうのですが、インスリンの機能低下は肥満によっても起こるんです(これは2型糖尿病。他に、先天的にインスリンが分泌されない1型糖尿病がある)。
先に述べたように、私たちは昼行性なので、昼間の活動のために多くエネルギーをつくり出せるよう私たちの身体はプログラムされています。逆に夜は翌日に備えエネルギーを貯蔵する時間です。ところが、夜に活動することが多くなると、エネルギーが効率的に消費されずに貯まってしまいます。夜遅くまで活動していると、「貯める時間帯」に栄養を摂取する機会が増える。したがって、肥満になって、糖尿病のリスクが高まる、というわけです。お菓子をつまみながら、夜遅くまで勉強するという人もいるでしょうが、「夜食はほどほど」がいいでしょうね。
このような体内時計と生活リズムのズレが長期化すると、ガンの発症にも関わることがわかってきました。そのメカニズムについて皮膚がんを例に説明しましょう。
私たちの身体の設計図である遺伝子は、紫外線に当たると壊れやすい性質をもっています。他にもストレスやタバコなどガン化の要因は数多くあるのですが、皮膚ガンはこの紫外線の影響が大きい。通常、壊れた遺伝子はすぐに自己修復機能で修復されるからいいものの、この修復機能が活発なのは「太陽の光に当たる“はず”の時間」です。もし、体内時計がズレていれば、日の当たる時間に肝心の自己修復機能が働かなくなってしまいます。以上は皮膚ガンに関してですが、体内時計と他のガンとの関係を解明する大きなヒントになります。この生活リズムの乱れによるガンの問題は夜勤現場では深刻な問題になっていますが、いまや24時間の社会になったため、簡単に夜間勤務をなくすことはできなくなっています。「身体にやさしい夜間勤務」とでもいうべきものを、真剣に考えるべき時が来ている、と言えるでしょうね。
毛髪を使った簡易測定法を開発!
体内時計と病気の関係が明らかになる一方で、体内時計を使った治療(時間医療)も進められている。睡眠障害の人の体内時計を調べ、その人に一番合った生活リズムに調整するなどが代表例だ。最も効果が高まる抗ガン剤投与のタイミングを探る研究も始まった。さまざまな病気で時間治療が行われようとしている。その際、ポイントになるのが、人によって異なる生体リズムをいかに正確につかむか。実は、明石先生は従来の方法より簡単な体内時計測定法を開発した。これにより、時間治療がますます広がるのではないかと期待が高まっている。
細胞の増殖も体内時計と関係しています。抗がん剤はガン細胞の分裂を抑えるものですから、正常細胞の増殖があまり行われていないとき(明け方など)に、抗ガン剤治療を行えば大幅に副作用が抑えられるんです。副作用が抑えられるなら、抗ガン剤の投与量も増やすことができる。そんな研究がいま進められています。
もっとも、生体リズムを正確に測定できなければ、こうした治療も行うことができません。求められるのは、検査を受ける人に負担をかけず、新鮮な細胞を採取する方法です。従来は、血液の細胞で調べるといったやり方が行われていましたが、2010年に私たちの研究グループは毛髪から測定する方法を開発しました。
髪の毛を抜くと、根元に白くなっている部分が見えますよね(以下、上の写真とグラフを参照)。毛包細胞と呼ばれるもので、私たちはこれを特殊な溶液で溶かして時計遺伝子の活動を把握します。たとえば、3時間ごとに毛髪を採取し測定すると上のグラフのようになります。従来よりずっと簡単な方法ですが、高い精度で測ることができるんですよ。この方法が改良・普及し、先ほどのガン治療のような時計医療が広がっていくことを期待したいですね。
このように時計遺伝子の研究の重要性は高まっています。いや、24時間社会になったいまは、むしろ「時間」そのものを見つめなおす時期に来ている。そこで、山口大学では「時間」というものを生物学(時計遺伝子の研究)、哲学、心理学、さらには宇宙物理学などさまざまな角度から研究する組織、「時間学研究所」を2000年に立ち上げました。興味のある人はぜひ、この記事の下にある研究所のWebサイトを覗いてみてください。
最後に、時計遺伝子の研究者から見た「日常生活」のアドバイスを挙げておきましょう。
何度も述べましたが、太陽が昇ると活動し沈むと休むのが人間の基本です。過度な夜型生活は肉体的な負担だけでなく、勉強や仕事の効率を下げます。できるだけ、規則正しい生活リズムを心がけましょう。体内時計の時間を調整するには「朝に太陽光を浴びるのが肝心」! 逆に夜の光は体内時計を夜型にずらしてしまいます。いまは中高生でもスマホが当たり前の時代で、「常に手元に」という人も多いでしょうが、スマホで使われているLEDは朝日と同じで青い色がとても強いんです。だから、夜にスマホを見すぎると眠れなくなるうえ、体内時計のズレも引き起こしてしまいます。正しい知識で正しく使うよう心がけてください。
《文=WAOサイエンスパーク編集長 松本正行》