• 2014-04-14

フロントランナーVol.36

遺伝科学を用いて「スーパーライス」を開発!
国際的な取り組みで飢餓に苦しむ人たちを救う

名古屋大学生物機能開発利用研究センター
教授 芦苅 基行

1969年大分県生まれ。鹿児島大学卒、九州大学大学院修了。「国際イネゲノムプロジェクト」に参画し、イネの分子生物学を研究。2000年、名古屋大学助手に就任し、同准教授を経て、2007年より現職。2008年には世界の飢餓問題の解決を目指した「WISHプロジェクト」を立ち上げ、科学の力による食料増産にチャレンジしている。

育種という伝統的な手法と遺伝科学を融合だ

21世紀のいま、人類はさまざまな問題に直面している。地球温暖化や過度の開発による環境破壊、電力などのエネルギー不足・・・・・・。なかでも深刻なのが食料問題だ。飢餓やそれに伴う病気で亡くなる人は、増加する可能性が高まっている。名古屋大学の芦苅先生は「食料科学」からその克服に挑んでいる。伝統的な育種という手法と、最新の遺伝科学(分子生物学)を組み合わせた食料増産法を開発。研究成果を武器にたった一人で立ち上げたプロジェクトは、さまざまな機関を巻き込み、国際的な取り組みに成長しつつある。

 高校1年の夏、何気なくテレビに向かっていた私は、ある番組に釘付けになりました。スティーヴィー・ワンダーはじめ世界を代表するアーチストが歌うチャリティソング『We Are The World』がバックに流れるなか、画面には飢餓や病気に苦しむアフリカの人々と、彼らを救おうと奮闘する国際機関やNGOの職員、医師たちの姿が映っていました。毎日、何十人、何百人と子どもたちが死んでいく、わずかなゴハンが食べられないがために。そんな深刻な問題が世界に存在するなんて知りませんでした。そのとき思ったんです、「ボクも、テレビに出ていた人たちと同じように飢餓に立ち向かおう」と。それが、研究の原点でした。
 それから約30年が経ちましたが、状況はあまり変わっていません。むしろ、深刻さは増しているのかもしれない。
 ぜひ、知っておいて欲しいのですが、1日に飢餓やそれに関連する病気で亡くなる人は2万5000人もいます。そのうち5歳以下の子どもたちが占める割合は半分強、1万4000人! 一番の要因は人口の爆発的な増加です。人が増えて、食べるものが少なくなってしまった。しかも、2000年に60億人だった世界の人口は、2050年には95億人になると推定されています。この間、毎年1.4%の割合で人の数は増えていくのに、主要な食料である穀物は1.0%しか増加しません。時間が経てば経つほど、食べるものが足りなくなってしまう。ほんと、憂慮すべき事態なんです。
 解決の方法はいろいろ考えられ、実際、多くの人がさまざまなアプローチで努力しています。高校生のとき「飢餓に立ち向かおう」と決意し農学の世界に飛び込んだ私もその一人で、私の場合は、食料科学を武器に問題の解決に挑もうとしています。具体的には、イネの遺伝子を解析、それに基づいた品種改良でコメを増産。「スーパーライス」を生み出して、一人でも多く、飢餓に苦しむ子どもたちを救おう、というわけです。
 みなさんは、私たち日本人が毎日に口にするおコメが、すごい食べ物であることを知っていますか? 地球上には約30万の植物種があるといわれているのですが、人類は全活動エネルギーの約半分をたった3種類の植物に依存しています。イネ(=コメ)、コムギ、トウモロコシの3つで、なかでもイネは最重要。23%、おおよそ4分の1も占めているんです。食べているのはアジアの人たちだけではありません。アフリカでもおコメは食べられています。アジアとアフリカ――。そう、この地域に最貧国と呼ばれる国々は集中している。その意味でも、イネの研究は重要なんです。
 私たち人類は長い年月をかけて、イネの品種改良を行ってきました。中国に限っていえば、8000年から1万年。ほんと、先人の努力には頭が下がります。彼らは野生種を改良して、私たちの口に合うものにしてくれました。味だけではなく、病気に強いだとか、量が多いだとか、さまざまな品種を、イネ同士の掛け合わせ(=交配)でつくってきました。これを「育種」といいます。日本は世界でも最も育種が進んだ国で、おいしいコメの代名詞である「コシヒカリ」や「ササニシキ」、世界一味がいいと評されている果物や野菜なども、この育種によって生み出されてきました。
 ただ、育種は何十、何百、何千もの交配から「これは!」といえるものを探し出す、非常に手間と時間と根気がいる作業です。対する食料の増産は待ったなしですから武器としては弱い。その一方で、私たちは遺伝に関する情報を手にすることができるようになりました。うまく活用すれば、より効率よく「目指す品種」にたどり着くことができるはず。伝統的な手法(育種)と最新の遺伝科学(分子生物学)の融合――そこに活路がありました。

コメの収量が大幅に増えた!

志をもって農学の世界に飛び込んだ芦苅先生だが、最初は「何を、どうすればいいのかわからなかった」という。どちらかというと研究自体が面白く、大学院時代に出会ったイネの研究に没頭。イネの遺伝情報を解読するプロジェクトにも参加し、プロの研究者の道を歩んでいった。しかし、2000年を過ぎたころから原点回帰を始める。そして、アメリカの研究者が提唱していた、育種と遺伝科学の融合をイネで実践することにしたのだった。2005年に、最初の成果を発表し、その後も次々と新しいイネを生み出している。

 では、具体的にどのようにして新種をつくり出すのか。「日本晴」と「ST-12」を使った研究で説明しましょう。
 日本晴は、かつて日本で最も多く栽培されたイネの品種で、粘りが弱くほどよい硬さをもっています。その性質から、いまでもお寿司のシャリによく使われているそうです。一方、ST-12は食用には適さない品種。しかし、収量がものすごく多い。というのも、枝の数が日本晴の3倍もあるんですね。なぜ、こんなに枝の数に違いが出るのか? 調べていくと「WFP」というたった1つの遺伝子が関係していることがわかりました。WFPを持つST-12は枝の数が多くて、種子(=コメ)もたくさんできる。WFPを持たない日本晴は枝が少なく、種子も多くない。もし、このWFPという遺伝子だけを日本晴に入れることができたら、収量の多い日本晴をつくることができるのではないか?

(交配を繰り返すことで目的の遺伝子を導入)

 上の図を見てください。まず、日本晴とST-12を交配します。そうやってできたのが2段目の「F1」です。F1の段階では、親から受け継いだ遺伝子は50%ずつ。しかし、私たちが欲しいのはWFPを持つものだけですから、分子マーカーと呼ばれるものを使って確認して、「WFPを持たないもの」は除外し、「持つもの」だけに再び、日本晴を交配します(=戻し交配。できたのがF2で日本晴75%・WFP25%)。さらに、WFPを持つものだけに戻し交配を繰り返していくと(F3、F4……)、最終的には3段目のFnのような「日本晴の遺伝子にWFPだけが入ったもの」ができあがります。
 実際、下の写真のように「日本晴+WFP」は、純粋な日本晴に比べて枝の数が多くなりました。
 他にもさまざまな研究を行っており、たとえば、「コシヒカリ」に「ハバタキ」という品種の収量と草丈に関する遺伝子を入れて、種子が多く、しかも倒れにくいコシヒカリをつくりました(コシヒカリは、草丈が高く強い風に弱い)。これにより収量が約1.3倍に。また、洪水に負けないイネの開発というものもあります。水かさに合わせて草丈を伸ばすことができる浮きイネ――東南アジアや西アフリカなどで栽培されているイネですが、驚くことに通常1mほどしかない草丈が、水の高さに合わせ瞬く間に2m、3mになる。私が確認したなかには5m以上になったものもありました。この“特技”は3つの遺伝子が関係しており、日本の栽培イネへの導入にも成功しました。東南アジアなどの洪水地帯に対応したイネ品種の開発にもつながることでしょう。
 実際には、ターゲットにした遺伝子(たとえばWFP)だけを導入する必要はなく、多少不要なもの(WFP以外のST-12の遺伝子)が混じっても味などはそれほど変わりません。そのため、交配の回数も4~5回程度ですみます。また、通常の育種とは異なり、分子マーカーを使って若芽の段階で遺伝子を調べるから、すぐに交配が必要なものかどうかがわかります。従来型の育種に比べ、大幅に手間と時間、さらには場所を効率化できるわけです。こうやって、収量や病気、栽培のしやすさなど、さまざまなニーズに対応したイネを効率よく生み出すことが可能になりました。
 ちなみに、遺伝子組み換え(GMO)との違いについても少し触れておきましょう。GMOはバクテリアなど運び屋を使って、ある生物に別の生物の遺伝子を入れる方法です。前者と後者がまったく別の種(イネとコムギなど)というケースもあります。一方、育種の交配は同じ種でしか行えません。このバクテリアなどを使うところや別の種の遺伝子が入る点が懸念されているのでしょう。ただ、たとえばイネはビタミンAをつくれない。それが不足することで失明する子どもたちがとくにアフリカで多いのですが、GMOでスイセンの遺伝子を入れるとビタミンAを含むおコメが採れます。これなら、注射とかではなく日常の食事で失明の予防が可能。私自身は、「うまくメリットを使い分けたらいい」とう考えです。

(遺伝子導入後のイネの枝数と種子数が明らかに増加)

飢餓撲滅に向けた取り組みをスタート

新しい育種技術を編み出した芦苅先生は、2008年「WISHプロジェクト」を立ち上げた。WISHとは「素晴らしいイネが食糧問題を解決し、健康を導く」という意味の英語から頭文字をとったものだ。アジアやアフリカの食料危機を救う画期的なイネを生み出し、人類が直面する飢餓問題に立ち向かう――。高校生のときに抱いた夢が、実現に向けて動き出した。

 WISHプロジェクトはたった一人で立ち上げたんです。プロジェクトというよりは、むしろ行動宣言といったほうが正しいかもしれない。とにかく、武器は手に入れた。あとは行動しかない! そんな思いでした。もちろん、「一人で何ができるの?」「お金はどうするの?」と忠告する人もいました。逆に、応援してくれる方もたくさんいた。応援してくれる人たち期待に応えないと……。ヤル気はどんどん高まったものです。
 「意思あるところに道は拓ける」
 これはリンカーンの言葉ですが、まさにそのとおり、志を持って取り組めば、理解してくれる人が増え、賛同してくれる人、組織も出てきます。そして、ようやくいま形になりつつあります。
 現在のWISHプロジェクトの概要はこうです。私が所属する名古屋大学が、役に立つイネの遺伝子を見つけ、交配によって遺伝子を導入。先ほどの図にあったF1のイネをつくります。それを、フィリピンにある「国際イネ研究所(IRRI)」に送り、戻し交配、栽培実験、遺伝子の評価など行う。そうやって、それぞれの地域やニーズに合ったイネを開発していきます。資金面では日本のJICA(国際協力機構)からの援助を受けることができました。また、ケニアの大学との連携も実現した。「倒れにくい」「収量の高い」「病気に強い」「害虫に強い」「ストレスに強い」、そんなスーパーライス(WISHシリーズ)の開発が着々と進んでいます。
 近い将来、研究者ではなく、実際のケニアの農家の人たちにテスト栽培をしてもらう予定です。そして、2018~19年ごろには、テスト栽培ではなく本格的に普及させていく。さらに、ケニアでの成果を活かして、アフリカやアジアの最貧国と呼ばれる国々にどんどん広げていきたい――。
 すべての飢餓に苦しむ人たちを救うには、まだまだ時間が必要でしょう。もっともっと多くの人たちの協力が必要になってきます。しかし、夢は諦めません。これからも、一歩一歩、着実に歩みを進めていきます。
《文=WAOサイエンスパーク編集長 松本正行》

名古屋大学生物機能開発利用研究センターのWebサイト
日本分子生物学会 公開プレゼンテーション「生命世界を問う」
(YouTubeで芦苅先生のプレゼンテーションの模様がご覧いただけます)