• 2014-05-08

フロントランナーVol.37

“夢の車”の研究・開発が急加速!
自動運転は何を私たちにもたらすのか

同志社大学理工学部 教授 橋本 雅文

1957年大阪生まれ。大阪府立大学工学部卒。同大学院修了後、工学部航空工学科助手に。89年、広島大学工学部助教授に就任。2004年、同志社大学に移り現職。一貫してセンシングおよび自動制御の研究に取り組む。現在、同大リエゾンオフィス・知的財産センター(リエゾンオフィスとは大学の研究と企業のニーズとのマッチングを行う部署)の所長も兼務する。

「グーグルカー」の登場で競争が加速

近年、自動車をめぐる最大の関心は省エネ・環境への対応だった。そこにいま、自動運転が加わろうとしている。ドライバーがハンドルを握らなくても走ってくれる“夢の車”――。究極ともいえる乗り物の研究・開発が急速に進んでいるのだ。自動運転が実現すれば、交通事故の数は大幅に減少、渋滞なども解消できるだろう。しかし、まだまだ課題は多い。どこまで技術開発は進んでいるのか。実現に向け、どのような研究がなされているのか。同志社大学の橋本先生と一緒に、自動運転の最前線を見ていこう。

 昨年(2013年)10月、東京都内で「ITS(高度道路交通システム)国際会議」が開かれました。私も参加していましたが、そこでトヨタや日産、ホンダはじめ世界を代表する自動車メーカーがこぞって自動運転の技術を披露。テレビなどで、デモンストレーションの模様が報道されていたので、見た人も多いでしょう。
 少し前までは、ハイブリッド車や電気自動車など環境に優しい「エコカー」が最大の関心事だったのに、注目の的は自動運転に。もちろん、エコカーの研究は現在も進められており、その重要性は変わらないのですが、一方で自動運転車(スマートカー)の技術開発も本格化しています。「2020年には多くの場面で、自動車に運転を任せられるようになる」と話す関係者もいるくらいです。
 そもそも自動運転の実現が待ち望まれるのは、「高齢ドライバー」「人為ミスによる事故」「渋滞」の3つに対処できるからです。
 高齢者の運転免許返上が奨励されていることは、みなさんご存じでしょう。しかし、公共交通機関の少ない土地に住むお年寄りのなかには、返上することでたちまち移動に困る人も出てきます。自動運転車は、そうした人たちの救いの手になります。人為ミスについては、交通事故で亡くなった人(24時間以内に死亡した人は年に4000人超)の多くが、ドライバーの判断遅れや操作の誤りによるものだから、大幅な死亡者数の減少が期待できる。このように自動運転車の登場は、安心・安全な社会の実現につながるわけです。一方、渋滞は、ACC(自動で速度や車間距離を制御する装置)をつけた車が30%になっただけで渋滞が半分になるというシミュレーションもあるくらいです。渋滞解消がもたらす経済効果は計り知れず、またCO2の削減といったメリットもあります。
 それほどインパクトの強い自動運転なのですが、実は、乗用車以外の乗り物ではかなり広く導入されているんです。
 旅客機は離着陸を除きほぼ自動操縦がされており、GPS技術の発達により確実に目的地まで乗員・乗客を運んでくれるようになっています。鉱山などで働く大型トラックや重機にも自動運転車が普及しました。身近なものでは、ゴルフ場のカート。運転手なしのそれでゴルファーをホールからホールに運ぶゴルフ場が増えています。
 これらと乗用車の決定的な違いは何か? それは、障害物の質と量、そしてその複雑さです。
 雲の上の飛行機同士が出会うことは少ないうえ、GPSやレーダーで補足されているので、自動運転にしても危険はゼロに近い。鉱山など広い場所で作業する乗り物や重機も同様だし、ゴルフ場のカートはそもそも決まったルートを進みます。これに対して、乗用車は合流や分岐、交差点などがあるし、人も歩いている。動物が飛び出すかもしれない。落石や路面凍結など道路にも危険が潜んでいます。難易度が格段に高いんです。
 そんななか、2010年にあのグーグルが自動運転車「グーグルカー」を発表して流れが変わりました。「グーグルカー」自体は商品ではなくあくまでもテストカーなのですが、世界最大のIT企業が自動運転車の開発に乗り出したことで、世界中の自動車メーカーが一気に技術開発のペースを上げました。何しろ20兆円規模になると試算される市場ですからね。グーグルはもちろん、ライバルメーカーにも負けるわけにはいけない、ということなのでしょう。

(自動運転に必要なのは「認識」「判断」「制御」の3つ)

「認識」と「判断」が最大のポイント

すでに実現している、車間距離を測っての衝突被害防止機能や、車線逸脱防止システムなども自動運転には必要な技術だ。先ほど紹介したACCも欠かせない。これらのいくつかを搭載した「スマートカー」はすでに発売されており、市場規模も5000億円にまで拡大した、といわれる。ならば「“究極のスマートカー”が日本の道路を走るのも、そう遠い未来ではない」とも思えそうだが、橋本先生によると「まだまだ先の話。越えなくてはいけない壁はあまりにも多い」。具体的に何が実現を阻んでいるのだろう

 乗用車の自動運転には、以下のものが必要になります。「認識」と「判断」、そして「操作」の3つです。このうち最後の操作(運転制御)に関しては、ほぼ技術が確立されました。きちんと認識し判断さえすれば、安全かつ確実に車は動いてくれるようになっています。ところが、肝心要の前の2つが難しい。どう難しいのか? 順番に見ていきましょう(以下、上図参照)。
 認識は、いま車はどこにいるか、周りはどのような状況にあるかを把握することです。このうち位置の把握はGPS技術などにより、かなり進歩しました。誘導も可能なレベルに達しています。一方、周囲の状況把握は「道険し」といったところです。たとえば、カメラ(=映像)によって他の車や歩行者、障害物などを把握する方法が考えられますが、この方法だと夜間はダメ。トンネルのような光が急に強くなったり、弱くなったりするシーンでも能力がガクンと落ちます。車からレーザー光を出す方法も有望視されているものの、雨や霧に弱い。水の粒に当たって反射するので、前の障害物までレーザーが届かないんです。とくに、霧になるとほとんど機能しません。じゃあ、電波はどうか? これも研究が進み、ミリ波(波長が1~10mmの電磁波)を使ったレーダーが開発されました。もっとも、ミリ波はレーザー光と違って四方八方に広がるため、前の車の状況が知りたいのに、ぜんぜん違った場所にある車の情報も入ってきます。不必要な情報をどう排除するかが難しいんです。
 要するに、どのセンサーにも一長一短があって決め手に欠ける。おそらく、3つを組み合わせる形になると思いますが、そうなるとコストがネックになってきます。どう組み合わせたら安く効率のよい認識システムができるか……。他にも、路面の水や氷、小さな動物の把握は難しいといった問題があります。「まず大丈夫」とう認識レベルに達するには、かなりの時間を要するでしょうね。
 次は判断、こちらはCPUと呼ばれる情報処理装置の発達で、以前とは比べられない量の情報を扱うことができるようになりました。ただし、ご承知のようにコンピュータはプログラムによって動く。「こういうときは、こう」という具合にひとつひとつ覚え込ます必要があります。交通法規を覚えるなんてことはたやすいでしょう。人々の習慣もおそらく大丈夫。しかし、実際に道路に出たら……普通では予想できないようなことが起こり得る。こんなことも起こるだろう、あんな事態も発生するかもしれない。制限速度内で走ると、逆に危険といった場合の対処などは、容易には判断できません。いずれにしろ、ありとあらゆる状況を想定し、適切な解を提示しないといけないんです。これは非常に難度が高い! 「コンピュータが将棋のプロ棋士に勝った」と話題になっていますが、その何十倍、何百倍も難しい、と私は思っています。
 ここまでは車自体の話でしたが、実は問題はそれにとどまりません。たとえば、「リスクホメオスタシス」というものがあります。日本語に訳すと危険恒常性。危険を回避する手段などにより安全性が高まっても、安全が高まった分だけ人間はより大胆な行動を取るようになる。結果として、危険の確率が高まるというものです。実際、そうなのかさまざまな意見が交わされていますが、私自身は当たっている部分も多いと思っています。無視はできないでしょう。
 また、法律も大きな壁です。万が一、自動運転の車が事故を起こした場合、責任は誰が取るのか? ドライバーか、それとも自動車をつくったメーカーか? いまの法律では、ドライバーが運転することが前提になっているのですが、ドライバーに負わせるのは酷でしょう。だったら、メーカーかといえばそうとも言い切れない。「自動運転車なんだからお酒を飲んで乗ってもいい?」といった社会的な受容についての議論も始まったばかりです。さらには、運転する楽しみはどうなるの? といったことも考えなくてはいけないでしょうね。問題は山積しています。

(コミュニケーションするロボットで研究)

スマートシティで人に優しい社会を

橋本先生が自動運転に興味をもったきっかけは、アポロ11号の月面着陸(1969年)だった。いまのような優れたコンピュータやセンサーがない時代に、76万キロを往復したことに感動したのだ、という。しかも、それは自動運転で! 興味が湧き航空工学科に進んで、飛行機の自動誘導の研究に取り組んだ。その後、車の自動運転にも範囲を広げ、現在は自動車同士の情報共有をテーマに研究を行っている。人間と自動車が、安全に安心して暮らせる社会の実現が、橋本先生の目標である。

 私自身がどんな研究をしているかですが、簡単に言うとコミュニケーションによって、自動運転の安全性を高めるというものです。たとえば、上の写真のようなロボットを使って研究を進めています。この2台は、センサーを使って得た情報を別のロボットも共有、自分のセンサーで得た情報とあわせて周囲を把握します。どのようなシステムだと、より安全が高まるかを調べているのです。一般の道路だと、こんなイメージですね。車Aのセンサーで得た環境情報(人や障害物、路面、気象など)が、通信を使っていったんクラウド(ネット上にある情報が集積されるところ)に集められる。これが近くを走る車Bに伝わり、Bは自分が得た情報とあわせて先読みの判断を行う。Bの情報はAにも伝わって……。AとBが同時に交差点に入るような状況なら、即座に危険は回避されます。Aから得た歩行者の情報によって、Bは不測の事態に備えるといったこともあるでしょう。実際は、車にだけではなく、道路や信号、人が持つ携帯電話などからの情報も使って安全性を高めていきます。情報が多ければ多いほど、信頼性は高まりますからね。
 このうち、いろいろなセンサーがついた情報を集める道路のことを「スマートウェイ」と呼ぶのですが、日本のような人口が密集している国で自動運転を実現するためには、スマートウェイは不可欠でしょう。しかし、日本中の道路にセンサーをつけるには、莫大な費用がかかります。これも、「究極のスマートカー」が日本の道路を走るのを阻んでいる要因なのです。
 もっとも一般道ではなく、場所を限定した形なら、2020年の東京オリンピックが開催されるころには実現しているかもしれません。たとえば、選手村とメイン会場を結ぶ高速道路は、自動運転の大会関係車両のみの通行を可とする、といった感じ。他にも、高速道路に自動運転車の専用レーンを設ける、なども考えられます。すにで、高速道路を使った実証実験(トラックの縦列走行)は行われており、成果も出ています。まったく問題なしというわけはありませんが、これが実現すれば、夜間に長距離を走るドライバーの負担が減ることは間違いないいでしょう。
 さて、以上とは別に、スマートシティという考えがあります。スマートシティ自体は、IT技術を駆使し環境に配慮した街をつくるという構想ですが、ここに自動運転の超小型電気自動車(EV)を走らせる計画があります。センサーが街の至るところに埋め込まれ、あらゆる情報が集中して管理されて、車が安全に走るよう制御します。これだったら、高齢の方や障害を持つ人でも安心して車で移動できますよね。スマートシティ自体の実験が始まっているものの、まだスマートカーを走らせるところまでは行っていません。でも、遠くない将来、取り組まれることでしょう。
 それに向けて、私の研究もレベルアップを図っていきます。
《文=WAOサイエンスパーク編集長 松本正行》

同志社大学知能メカトロ情報システム研究室のWebサイト
同研究室の紹介動画