• 2012-09-28

フロントランナーVol.2

進化するレスキューロボット
夢はロボットによる国際救助隊の実現

京都大学工学部 教授 松野 文俊

1957年生まれ。名古屋工業大学卒業。大阪大学大学院基礎工学研究科修了後、大阪大学助手、神戸大学講師、同大助教授を経て、東京工業大学、電気通信大学に勤務。2009年より京都大学教授工学部物理工学科教授。レスキューロボット研究の第一人者で、NPO法人「国際レスキューシステム研究機構(IRS)」の副会長も務める。

最初の夢は宇宙で活躍するロボットの開発

地震や火災、事故など災害現場で傷ついた人たちを救助するレスキュー隊。世界中で活躍し、日々多くの命を救っているが、当然のことながら、“生身の人間”である隊員の力には限界がある。そこで、期待されるのが特殊な能力をもったロボットだ。レスキューロボット研究の第一人者・松野先生は、ロボットを中心とした現代版「サンダーバード」創設の夢を描いている。

  「サンダーバード」といっても、いまの中学生や高校生のなかには知らない人もいるでしょうね。いろいろな“スーパーメカ”が登場し、災害現場から人々を救出するという大変人気のあった番組です(1965年、イギリス製作)。放送当時、小学生だった私も食い入るように見た1人。そして、いま、その「サンダーバード」に登場する国際救助隊に似た組織をロボットで実現しようと、仲間や学生たちと一緒に研究を進めています。主人公であるトレーシー一家の志を受け継いでいる、といったら大袈裟でしょうかね(笑)。
 ただ、もともとは同じロボットでも、レスキューとは別のテーマの研究に携わっていたんです。
 小学生のころはあまり勉強せずに外で暗くなるまで遊んで、いろいろなことを空想したり、工作をしたりアニメばかり見ているような子どもだった。アニメは『鉄腕アトム』や『鉄人28号』など、ロボットが活躍するものがお気に入り。一方、アポロの月面着陸をリアルタイムで見た世代なので、宇宙開発にも興味を持った。で、この2つが結びついて「僕は宇宙で活躍するロボットをつくる科学者になるんだ」と。単純な動機です(笑)。
 実際、大学では制御工学を専攻して、ロボット開発の道に進みます。アトムのようなヒューマノイド型(人間の姿に似たロボット)ではないが、宇宙構造物や宇宙で作業するためのロボットの研究に従事しました。宇宙飛行士の野口聡一さんが国際宇宙ステーションで扱っていたロボットアームや、いま火星で活躍中の探査ローバー「キュリオシティ」をイメージしてもらうといいでしょうね。
 しかし、そこからレスキューロボットに舵を切るんです。きっかけは、1995年に起こった阪神淡路大震災でした。

参考)「サンダーバード」オフィシャルサイト
http://www.tbjapan.com/

(「ねじ推進ヘビ型ロボット」はバックもできる優れもの)

レスキューロボの研究は天から与えられた使命

阪神淡路大震災が起こった当時、松野先生は神戸大学の助教授を務めていた。大阪に住んでいたおかげで自身にケガなどはなかったが、残念なことに教え子の大学院生が下宿先の建物の下敷きになり亡くなってしまった。それがすべての始まりだった、という。

 地震のあと3~4か月は片づけやら、事務的処理に忙殺されて何も考えられなかった。ところが、落ち着いてくると悔しさがこみ上げてくるんです。「私たちはなんて無力なんだ」って。同時に、いままでの自分の経験や知識は、災害現場でも活かせるのではないかと思うようになった。宇宙で働くロボットと災害現場用のロボットには、遠隔操作や不整地での走破など共通する部分が多い。だから、ちょっと大袈裟ですが、「これは天が私に与えた使命なのかもしれない」なんて考えたりもしました。
 もっとも、不安がなかったわけではありません。ロボットの研究者は世界中にゴマンといるが、災害現場に特化したロボットとなるとゼロ。一部、軍事目的の研究例はありましたが、参考にすべきものはほとんどない状態でした。
 それでも、やろうと決め、同じ志をもった研究者と一緒にレスキュー隊員に話を聞くことからスタート。目的はニーズの把握でしたが、意外だったのは、私たちがイメージしていた瓦礫を撤去するロボットなどは2番目、3番目だったことですね。レスキュー隊の人たちが一番欲していたのは「どこに救助を求めている人がいるかの情報」。それがわかれば2倍、3倍、あるいはそれ以上の人を救うことができた、と言うんです。みなさんも「72時間を超えると生存率が急激に低くなる」という話を聞いたことがあるでしょう。人命救助では、1分でも1秒でも早く助けを求める人の居場所を突き止めることが最も重要なんですね。居場所がわからなければ、手を差し伸べることすらできない。すなわち、まず取り組むべきは、情報収集ロボットというわけです。
 では、私たちがどんなロボットを開発してきたのか、少しご紹介しましょう。
 上の写真は「ねじ推進ヘビ型ロボット」。名前のとおりヘビの動きを参考にしています。主軸の回転運動が周囲のローラーに伝わって、頭の部分が誘導する方向に身体全体が進む。わずかな隙間にも入り込むことができ、また途中に障害物があっても、周囲のローラーを逆回転させることでバックすることができる優れものです。
 次に下の写真は「KOHGA3」。クローラー型と呼ばれるアーム付きのロボットで、不整地の走破性に優れています。メインのカメラとは別に操作用のサブカメラを搭載しており、オペレーター(操作者)は周囲の状況を把握しながら進行させることが可能です。ちなみに、「KOHGA」=「甲賀」。他にも「FUMA(風魔)」や「HANZO(半蔵)」など、ロボットには忍者に由来した名前をつけています。こういったものはたいていが学生のアイデア。遊び心というのも、意外と研究では大切なんです(笑)。

(サブカメラで周囲の状況を確認して進む「KOHGA3」)

実用化に向けての問題の克服に取り組む

2011年3月11日のあの日、松野先生はアメリカに滞在していた。すぐに帰国して、被災地に駆けつけたかったが、交通手段がない。現場のニーズもわからない。もどかしい思いをしながらも、ようやく1週間後に青森県八戸市に入った。そして、レスキューロボットを使って可能な限りのことを行った。

 残念ながら72時間を過ぎていたので、私たちのロボットを人命救助には活かすことはできませんでした。それでも、倒壊の恐れのある建物に入って映像を撮ってきたり、港に水中ロボットを入れて瓦礫の状況を調べたりと、やれることはやりました。とにかく、東日本の震災は、阪神淡路とは様相があまりにも違う。津波災害にどう対応するか。いろいろ教訓が得られましたね。
 それ以外にも、レスキューロット開発には越えなければならない問題は多いんです。たとえば、①「通信の安定」――遠隔操作するため、通信が途切れるようではいけない。どのように安定して電波を送るか。②「走破性」――小さいロボットだと狭いところに入れるが、高い段差は乗り越えられない。大きくすると狭いところに入れない。この矛盾をどう克服するか。③「インターフェイス」――車載カメラだとどうしても画像が揺れる。揺れる画面をじっと見ていると疲れるし、肝心の被災者を見逃す可能性もある。どうやって操作性を高めるか。
 これらを克服することができると、ぐっと実用化に近づく。できるだけ、早く実現したいですね。
 最後に、サンダーバード構想のお話をしましょう。私の目標は、「2050年に『サンダーバード』のような国際救助隊を構築すること」。そのために、研究者仲間と一緒に、NPO法人「国際レスキューシステム研究機構(IRS)」を立ち上げました。たとえば、宇宙でSOS通信をキャッチし、サンダーバード2号のような特殊な飛行機で必要なロボットや機材をいち早く運び込む。被災者の確認、瓦礫の撤去、救出などは、人間と協力し自律型のロボットが行う。まだまだ夢のような話ですが、そんな目標を描いています。
 難しいけどやり甲斐はある。だから、多くの若者にレスキューロボットに関心をもって、その開発に参加してもらいたい。先ほど、ロボットの名前の話をしましたが、ロボットのアイデア自体も学生が出したものは多くある。ユニークな発想で、素晴らしいレスキューロボットを作り出して欲しい。この記事を読んだみなさんに、大いに期待しています。
《文=WAOサイエンスパーク編集長 松本正行》


(分裂・合体し作業するモジュラー型も研究テーマのひとつだ)

京都大学工学部のWebサイト
http://www.t.kyoto-u.ac.jp/ja

松野研究室のWebサイト
http://www.mechatronics.me.kyoto-u.ac.jp/modules/member/index.php?content_id=1