• 2014-06-24

フロントランナーVol.40

私たちの命と暮らしを守る「緑のダム」
そのメリット・デメリットを考えてみよう

徳島大学工学部 准教授 田村 隆雄

1970年愛知県生まれ。徳島大学工学部建設工学科卒、同大学院博士課程前期修了。高松工業高等専門学校(現香川高等専門学校)勤務を経て、2004年より母校・徳島大学に。2009年より現職。専門は水文学で「緑のダム(森林の水源かん養機能)」を研究。「緑のカーテン」も研究し、テレビや新聞にも出演。その普及にも力を入れている。

森林は水に関わるさまざまな機能をもつ

「緑のダム」という言葉を聞いたことがあるだろうか。森林がもつ洪水被害を減らす力を指し、環境保護や生物多様性、さらには地球温暖化などとも密接に関係することから注目度が高まっている。自然を活かすのだから、地球には優しい。そのため、「人工のダムに替えて」と思われがちなのだが、ことはそれほど単純ではない。緑のダムにはまだわからないことがあるうえ、もたらすデメリットも考慮しなくてはならないからだ。防災と渇水対策はどのように進めていけばいいのか……。徳島大学の田村先生と一緒に考えてみよう。

 世界中で大規模な洪水被害が頻発しています。逆に、今年(2014年)初め、オーストラリアが歴史的な旱魃に見まわれたように、日照りが深刻で植物が育たないという報道も毎年のようになされています。雨が降るところには集中して降り、降らないところはまったく降らない。長雨が一転、何か月も日照りが続く――。人口爆発にともなう水需要の急増ともあいまって、「21世紀は水の世紀である」ともいわれるようになっています。
 なぜ、こんな極端なことが起きるのでしょうか? 地球温暖化との関係が取りざたされていますが、正確なことはよくわかっていません。しかし、人間活動による自然環境の大規模な変化が、少なからず影響していることは間違いないでしょう。そのため自然を保護しようという機運が高まると同時に、森林の重要性にも注目が集まるようになってきました。「森を守ろう」「壊れた森を再生しよう」というわけです。
 森林は、実にいろいろな役割を担っています。二酸化炭素の吸収や生物多様性の維持、人の心を癒す機能などもありますね。冒頭で述べた水に関したものでは「水源かん養機能」をもっています。これが「緑のダム」と呼ばれるものなのですが、森林は洪水の発生を抑制したり、日照りが続いたときに渇水になるのを緩和したりしているのです。さらには水質の浄化や、たくさんの栄養素(ミネラルなど)を水に含ませ流すという役割ですね。栄養素の川や海への流出は海や川の生態系、そして漁業とも密接に関係しています。
 少し前、民主党政権の時代(2009~2012年)に、「コンクリートからヒトへ」のスローガンの下、人工のダム建設に対する批判が高まりました。森林は、いま挙げたようないろいろな役割をもっているのだから、「森を破壊するような巨大な構造物を造るのはやめよう」となったのです。自民党政権に戻って少し状況は変わったものの、それでも緑のダムへの期待は依然として高いものがあります。実際、ここまで読んできて、「緑のダムっていいなぁ」と感じた人は多いのではないでしょうか。
 しかし、研究者である私は、「緑のダムと人工のダムを併用すべき」という立場なんです。地域の環境と防災のバランスを保つためには、どちらか一方ではなく、両者をうまく組み合わせることが大切だ、と考えています。緑のダムにはメリットもあるし、デメリットもある。また、人工のダムにしかできないことも多い。緑のダムにすれば、すべてが解決というわけではありません。それらをきちっと理解したうえで議論を進める必要があるわけです。
 では、そもそも緑のダムとはどのようなものなのでしょうか。まずは、緑のダムを工学的に考えてみることにしましょう。

「緑のダム」は水不足を促進する?!

田村先生の専門は「水文学(すいもんがく)」だ。水の循環を対象とする地球科学の一分野で、水の流れや、水と私たちの生活との相互作用を研究している。水資源に恵まれている日本では馴染みの薄い学問分野だが、欧米ではメジャーな学問で地球温暖化や砂漠化といったグローバルな問題も水文学が鍵になるといわれている。同様に、緑のダムも水の流れに注目することで、メリットやデメリットが浮かび上がってくる、というのだ。具体的に森林の中で水はどのように動いているのだろうか。

 雨が降ってきました。その水の量が100だったと仮定しましょう(以下、下図を参照)。
 まず、100のうち20が、遮断蒸発といって木の葉っぱや枝、幹などに当たって付着したり、細かく砕け散ったりして大気中を浮遊します。雨粒が飛沫に変わって地面には落ちてこないんです。みなさんも、雨の日の森や林に靄(もや)がかかっているのを見たことがあると思いますが、あの靄が飛沫になった雨粒。これらの多くは蒸発したり、気流に乗って他の場所に移動します。一部は地面に達するものの、すぐには落ちてきません。当然のことながら、葉や幹が大きく、遮断する面積が広いほど、遮断蒸発量は多くなります。

 残りの80は林内雨といって地面に落下します。ただし、地面に達したといっても、全部がすぐに流れ出てしまうわけではありません。まずA層のような柔らかい土壌があれば雨の多くが地面に染み込んでいきます(A層は落ち葉などの堆積物が多い土壌で、隙間が多い)。少し固めのB層にもA層よりは量は少ないものの、水は浸透していきます。強い雨が降ったり,雨が土壌に染み込みきれなくなると表面流出になります。
 もし、この森が木々のない“裸の山”だったら、遮断蒸発がないうえ、A層が形成されにくく土壌への浸透も少ないので、下のグラフのように短時間に大量の水が流れ出てしまいます。それがひどくなると洪水――。対して、木々が生い茂る良好な森林ならば、柔らかく水を豊富に含むことができる土壌によって短時間に流れ出す水の量を減らことができるうえ、ピークになる時間も遅れる。洪水の危険性を低くすることができるわけです。さらに、この洪水低減機能だけでなく、グラフのように平常時の流量も多くなるので、利用可能な水の量(利水量)も増えます。根っこがしっかり張っているので、土砂災害も起きにくいんですね。

 まさに、人工のダムと同じ機能を果たしている! 森が「緑のダム」と呼ばれるのは、このためです。
 隙間の多い柔らかい土が厚く積もれば積もるほど浸透する水量は増え洪水は発生しにくくなるのですから、木は多いほうがいいですよね。もちろん、隙間がいっぱいになり土壌層に浸透できる能力(浸透能)にも限界があって、先に触れたように限界を超えるような強い雨が短期間に降れば、洪水の危険性は高まりますが、それでも森があるのとないのとでは大違い。洪水は減り、利水量も増える――たしかに緑のダムは「いいことずくめ」のように思えます。
 しかし、ここには抜け落ちている事柄があるんですよ。「森は生きている」ということが……。
 樹木は生きています。生きているのですから光合成を行います。当然ですよね。光合成はみなさんご存じのとおり、植物が葉っぱの中で、水と二酸化炭素を使ってエネルギーを作り出す化学反応です。二酸化炭素を使うと同時に、酸素も生み出すから、「地球温暖化対策になる」ともいわれるのですが、問題なのは光合成には水が必要だという点です。雨が降らない日が続いても土の中からの水の吸収は止まりません。「渇水だから、光合成をやめてくれ」というわけにはいかないんです。そして、光合成では蒸散も起こっています。根から吸収した養分は、同じく根から吸収した水を使って全身に送り届けられているのですが、この水は光合成の際に葉から水蒸気として出て行きます。「蒸散で出て行った分だけ、新たに根から水を吸収し」を繰り返しており、蒸散が血液循環のような役割を果たしています。こうして水を消費……。
 要するに、木が多ければ多いほど、土壌の水の量は減っていくんですよ。これは、私たちの生活には大きなマイナスです。緑のダムとして期待しているのに、逆に私たちが使える水を減らしてしまう。渇水を促進することにもなりかねません。残念ながら、人間にとって都合のよい万能な森林などありません。そうであるなら、自然を理想視するのではなく、人工的なものもうまく取り入れていったほうがいい。そう、「自然の人工の調和」が環境と防災のカギなんですね。

必要なのは自然と技術のベストミックス

田村先生が水文学の道に進んだのは、指導教授に勧められたことがきっかけだった。どちらかといえば消極的な理由だが、実際に森に足を運び調査・観測するうちに「どんどん興味が増していった」という。水の流れはあまりにも複雑だ。緑のダムに関しても、考慮すべき要素が数多くあって、最適解を出すのは容易ではない。研究そのものに魅力を感じたと同時に、人の役に立つという点でもやりがいを感じた、という。「人間社会との調和を図ることは、大好きな森を守ることにもつながる」――その信念のもと、“森と水の研究”に取り組んでいる。

 いまお話したように、緑のダムは決して万能ではありません。渇水時はマイナスに作用するし、そもそも洪水低減機能にも限界があります。また、樹木を山に植えていっても、ダムの役割を果たすまでの土壌が形成されるには、かなりの時間がかかります。その間はどうすればいいか? やはり、人工のダムを活用すべきでしょう。
 要するに、必要最小限の人工のダムはつくる。そうやって、私たちの暮らしと命を守っていく。重要なのは、緑のダムと人工のダムのベストミックスなんですね。
 具体的には、降雨量や地形、地質など観察したデータをもとに、さまざまなシミュレーションを行って、そのベストミックスを探っています。たとえば、木を間引く間伐によって、水の流れはどう変化するか。それと人工のダムを組み合わせたら、洪水低減機能はどのように変わり、どう組み合わせるのがベストか。間伐ではなく、皆伐(かいばつ。木をすべて切ってしまうこと)してみるとどうだろう……。このように、いろいろなケースを想定し調べています。他にも、地形と水の流れとの関係や、土壌の“質”によってどう変化するかなど、調べなくてはいけないことは山ほどある。本当に大変(笑)。でも、その分、やりがいを感じています。
 ところで、みなさんは「緑のカーテン」をご存じですか? 最近、いろいろなところで、周囲をツル状の植物で囲んだ建物を見るようになりましたが、あれが緑のカーテンです。アサガオやヘチマ、ゴーヤなんかがよく栽培されていますね。実は、これも水の循環と関係しており、緑のダムと並ぶ重要な「私の研究テーマ」なんです。
 夏の強烈な日ざしのとき、木陰に入ると涼しく感じるでしょう。建物のカゲより木のカゲのほうが涼しく感じるのは、先ほど少しお話した蒸散の作用があるからです。植物の葉から水分が蒸散されることで周囲の温度が下がっているからなんですね。実際、私たちの調査・研究でも、遮光効果や冷却効果でエアコンの使用を抑えることができるため、節電・省エネにつながることがわかっています。エネルギー消費が減ったうえ、ゴーヤなどおいしい食べ物も採れるんですから、自然の力ってすごいですよね。
 ただし、これも緑のダムと同じで、人間にとって都合のよいことばかりではないので注意が必要です。放っておいても勝手に育ってくれるわけじゃなく、きちんと水やりをしなくてはいけません。ここでも、やっぱり水が必要。そして何より、虫が出る(笑)。でも、それも含めた自然なんですよ。みなさんも自然を大切にし、うまく付き合ってください。
《文=WAOサイエンスパーク編集長 松本正行》

徳島大学工学部 建設工学科 河川・水文研究室のWebサイト