• 2012-10-01

フロントランナーVol.3

生活と社会を激変させた青色LED
開発者のモットーは「人の役に立つ!」

名古屋大学工学部 教授 天野 浩

1960年生まれ。名古屋大学卒。名古屋大学大学院工学研究科単位修得退学。名古屋大学助手、名城大学理工学部教授などを経て、2010年より現職。窒化ガリウム青色発光ダイオードの開発者として世界的に知られる。「人の役に立つ研究」がモットーで、究極の光源づくりに日夜、取り組んでいる。英国ランク賞、武田賞など受賞歴多数。

光を発する半導体「LED」

電球や蛍光灯に代わる照明をはじめ、さまざまな分野で活用されているLED(発光ダイオード)。なかでも、青色LEDは画期的な技術として知られる。それがなければ、スマートフォンなどはいまだ世に現れていないともいわれるくらいだ。名古屋大学の天野先生は、世界を「あっ」と驚かせた、この青色LEDの開発者の一人。ノーベル賞級といわれる技術はどのようにして生まれたのか、どんな苦労があったのか――。その前に、まずLEDの基礎を天野先生に教えてもらおう。

 LEDは発光ダイオードと日本語では呼ばれます。文字通り「光を発するダイオード」。ダイオードとはn型とp型の2種類の半導体をくっつけたもので、さらにLEDは発光層をn型とp型で挟んだものを言うのですが、中高生のみなさんには、まず「半導体とは何か」から説明したほうがいいかもしれませんね。
 金属のように電気をよく通すものを導体、プラスチックのように電気を通さないものを不導体と言います。実はそれら以外に、条件によって電気を通したり通さなかったりする物質があります。これが半導体と呼ばれるもので、代表的なのがシリコン。よく太陽電池(太陽光発電の中心となる、光エネルギーを電気に変える変換器)の説明でシリコンという言葉を聞くと思いますが、太陽電池は主にシリコンを素材とした半導体を使って電気を生み出しています。そして、このシリコンや、これから説明していく窒化ガリウムなど、どんな素材の半導体を使うかによって、光を電気に換えたり、逆に電気を光に変えたり、という具合に「さまざまな機能」を発揮することができるのです。
 図を見てください。これはLEDの原理を簡単に説明したものです。半導体には冒頭で話したn型とp型の2種類があって、発光層をそれらで挟んでLEDができます。このうちn型は電子が少しだけ多い。p型は逆に電子が少し足りず、電子の入る穴(正孔=ホール)が多い。n型側のカソードにマイナスを、p型側のアノードにプラスの電気を接続すると、電子がn型から、正孔がp型から発光層へ流れ込んでいきます。このとき電子が正孔とくっついて(再結合)、光としてエネルギーを放出するわけです(=下)。
 さらに、この光もガリウムとヒ素、リン、窒素などの化合物、すなわち砒化ガリウム、リン化ガリウム、窒化ガリウムなど半導体の素材によって、発する色が異なるのです。

青色ができればすべての色が可能になる!

ところが、青色を出すLEDができなかった。光の3原色がそろえば、それらを混ぜることによりすべての色を作り出すことが可能なのだが(テレビの画面も3色のツブツブでできている)、赤、緑、青のうち青色LEDの開発だけが困難を極めた。しかし、天野先生と、赤﨑勇先生(現在は名古屋大学特別教授、名城大学教授)がその“壁を突破”した。開発当時、赤﨑先生は名大教授、天野先生は修士課程の2年生。1985年のことだった。

 LEDが実用化されたのはいまから50年前の1962年。このときは赤でした。そして、6年後の68年に緑色のLEDが生まれるのですが、あとが続かない。世界中の研究者・技術者が、残りの青色LEDの開発にしのぎを削りました。私の恩師である赤﨑先生もその一人で、学部4年のとき私は赤﨑先生の研究室に入ります。赤﨑研が世界にないものを作っていることに加えて、青色LEDの研究は「きっと世の中の役に立つ」、そう思ったからでした。
 実は、有望な素材は分かっていたんですよ。それが窒化ガリウム(GaN)なのですが、多くの研究者は窒化ガリウムを素材にすることを諦めてしまい、セレン化亜鉛など他の素材に移っていきました。理由は質のいい結晶(元素がきちんと整列した状態)をつくりだすことが難しいから。一方、赤﨑研は窒化ガリウムにこだわって研究を進めました。実際、赤﨑先生は窒化ガリウムの結晶化には成功していました。ただ、それには職人技が必要で、とても実用化には耐えられない。質の高い窒化ガリウムの結晶を、もっと簡単に作る方法はないか――赤﨑先生と一緒に結晶化の方法を考え、実験を繰り返しました。しかしながら、失敗、失敗、失敗の連続。正直、諦めようと思ったこともありましたね。
 そんなある日のこと、実験用の炉が必要な温度にまで上がらなくなったんです。普通だったら炉を調整したり修理したりするところなんですが、このとき、ふと、あるアイデアを試してみようと思ったんです。それが、サファイアの基板の上に窒化アルミニウムの薄膜をつくるという方法。このやり方で、それまでの擦りガラスのような曇ったものではなく、無色透明な窒化ガリウムの結晶(高品質窒化ガリウム単結晶)ができ上がったんですよ。我が目を疑いましたね(笑)。まさか、こんな方法で実現できるなんて、思ってもみませんでしたから。
 これが、赤﨑先生と私が開発した「低温バッファー層技術」というものです。さらに、私たちは難しかった窒化ガリウムのp型化にも成功し、これら2つの研究成果をベースに中村修二先生(現・カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授)が商業ベースにかなった画期的な製造法を編み出して、青色LEDは商品化されたわけです。
 以後は日進月歩。すごい勢いで技術は進歩しました。たとえば青色LEDから白色LEDが生み出され、1つのLEDですべての色が出せるようになりました。これによりスマートフォンなどが実現できた。また、青色LEDの応用で青色レーザー技術ができ、こちらは「ブルーレイ」など大容量の記憶媒体に活かされています。みなさんの周りでも、青色LED技術を使った製品をたくさん見ることができるでしょうね。

(高品質窒化ガリウム単結晶を生み出した機械の模型)

困難があっても力の限り努力しよう!

天野先生の現在のテーマは、LEDの高効率化だ。電力を光に変える変換効率は青色LEDでは40~50%でしかない。効率のいい赤色LEDでも50~60%だ。これを100%に近づけ、「究極の光源」を開発するのが目標である。それ以外にも、LED技術の医療分野への応用などさまざまな研究テーマに挑んでいる。

 具体的には、ガン細胞を殺すレーザーの開発などに力を入れています。ガン細胞は普通の細胞よりも紫外線を吸収しやすく、一方で紫外線は青色よりももっと波長が短くエネルギーが高いので、ガン退治に活かせるのではないか、というわけです。それを生み出す半導体の開発――すでに、名古屋市立大学医学研究科の先生と共同で皮膚ガンの治療などへの応用を進めています。
 いずれにしても「人の役に立つ」、これが私にとっての大きなテーマなんですね。
 小さいころは病弱で、病気で学校も休むことが多かった。でも、多くの人に支えられ、何とか普通の生活に戻ることができました。そんな体験があったからでしょうね、自然と「人の役に立ちたい」という思いを抱くようになりました。もう1つ、高校時代の校長先生が紹介してくれた熊沢蕃山(江戸時代の陽明学者)の言葉にも影響を受けました。「憂きことの、なおこの上に積もれかし、限りある身の力試さん」――どんな困難が押し寄せても自分がもっている力の限り努力しよう――そのような意味ですが、これも挫けず、実験を繰り返すことができたベースになったのかもしれません。
 最近は、数学や物理が苦手だから「私は理系じゃないな」なんて言って、理科系の学部への進学を断念する人もいるようですが、本当に理系に興味があるならもう少し頑張ってみませんか? 実際、科学の世界は面白いし、やり甲斐も多い。やってみたいという気持ちがあるのに、諦めてしまうのはとてももったいない、と思いますね。何かを実現するためにコツコツやる、その努力は決して無駄にはならないし、何らかの形で実を結びます。理系文系に限りませんが、とくに「人の役に立ちたい」という強い気持ちをもって自分が選んだ道を進む人は応援します。頑張ってください。
《文=WAOサイエンスパーク編集長 松本正行》

(青色LEDを並べてNU=名古屋大学を浮かび上がらせる)

名古屋大学工学部のWebサイト
http://www.engg.nagoya-u.ac.jp/
天野研究室のWebサイト
http://www.semicond.nuee.nagoya-u.ac.jp/