• 2013-02-12

フロントランナーVol.10

暮らしを守り、未来の社会と地球を救う
環境に優しいバイオマスプラスチックス

大阪大学工学部 教授 宇山 浩

1962年生まれ。京都大学工学部卒。同大学院工学研究科修士課程修了。化粧品・化成品大手の花王㈱の研究員を経て、88年東北大学工学部助手。97年に京都大学に移り工学部助手、2000年工学研究科助教授。2004年より大阪大学大学院工学研究科教授。高分子材料化学の専門家で、環境等をテーマにさまざまな企業・大学・公的機関と研究を進めている。

石油が枯渇すればプラスチックも危機に

プラスチックは、私たちの生活に欠くことのできない素材といって間違いないだろう。しかし、その大事な素材がいま危機にさらされていることをご存じだろうか? プラスチックは石油から作られる。そして、石油の量は無限ではない。それほど遠くない将来に、私のまわりからプラスチックが姿を消すかもしれない・・・。大阪大学の宇山先生は、石油以外のものからプラスチックを作り出す研究の第一人者だ。バイオマスをキーワードに、新しいプラスチックの開発に取り組む。地球温暖化など私たちの将来にも大きくかかわってくる、バイオマスプラスチック研究の最前線を見ていこう。

 石油可採年数という言葉をご存知でしょうか? 世界中で確認されている石油の埋蔵量を1年間の生産量で割った値ですが、2010年末の数字をもとにしたそれは「41.0」(石油鉱業連盟調査、2012年12月)でした。つまり、いまのままだと石油はおよそ40年しかもたない計算になります。最近は「シェールオイル」の採掘が注目されるようになってきたし、省エネ技術なども進んでいますから、多少、可採年数は伸びるでしょうが、それでもいま中学生・高校生のキミたちの子や孫の世代では、おそらく石油は底を尽いているでしょうね。ほんと、深刻な状況です。
 もっとも、エネルギーの面では、太陽光発電や風力発電の技術が急速に進んでいるので、石油や天然ガス(同じく可採年数は46.8)の代わりができるようになる可能性は高いでしょう。問題はプラスチックです。石油はプラスチックの原料でもあるのですが、いまのところ代わりになるものがほとんどありません。プラスチックがない世の中なんて想像できますか?
 プラスチックの特長は「軽い」「成型が簡単」、そして「安い」です。いまから100年近く前にセルロイドの大量生産が始まって以来、多種多様なプラスチックが開発・生産され、利用されてきました。
 もちろん、昔から石油資源の枯渇は言われていたので、再利用が試みられてきましたが、そのハードルはなかなか高い。きちんと種類ごとに分けて集める必要があり、たとえばテレビのリモコンひとつとっても何種類ものプラスチックや金属からできています。分別は容易ではないんです。飲料の容器に使われているPETボトルなどはリサイクルに成功した例外中の例外といえるでしょうね。
 その一方で、石油を原料としないプラスチックの開発も世界中で進められてきました。そのひとつが、私の研究しているバイオマスプラスチックです。
 バイオマスとは「C(炭素)を含む(=有機性)、植物由来の物質」のことで、ごくごく簡単にいうと光合成によって生み出される天然資源ですね。代表的なバイオマスプラスチックとしてトウモロコシなどに含まれるデンプンを主原料とした「ポリ乳酸」があります。植物由来だから、資源が枯渇する心配はありません。加えて、製品段階でCO2を出しても、そもそも原料自体が成長過程でCO2を吸収しているためトータルで見れば、CO2の量を一定に保つことができます。これを「カーボンニュートラル」というのですが、その点からもポリ乳酸は優れているんです。
 ただし、ポリ乳酸の普及はあまり進んでいません。いまのところ、全プラスチックに占める割合はわずか0.1%しかない。なぜか。

(バイオマスプラスチックでカーボンニュトラルを実現)

誰もやらない研究だからこそ面白い

ポリ乳酸が普及しない理由のひとつは価格の問題だ。以前に比べればずいぶん安くなったとはいわれるが、まだまだ石油系プラスチックの2倍はする。さらに、割れやすい、加工しにくいといった問題も十分、克服できないでいる。それでも、耐熱性など特殊な機能を持っていれば普及は進むのだが、そういった点でもまだまだポリ乳酸は特長に欠ける。現状では、企業イメージのアップといった社会貢献の一貫として使用されているケースがほとんどだ、という。

 幅広い用途に対応できる品揃え、成型の容易さ、難燃性などポリ乳酸にはまだまだ取り組むべき課題が多いのは事実です。しかも、先ほどいったように、わずか0.1%のシェアしかなく、簡単には儲からないので、企業はなかなか研究・開発取り組めないでいます。そこで、私たち大学の研究者の出番となるわけです。企業に先駆けて、特殊な機能をもったバイオマスプラスチックを研究したり、それを企業と共同で開発したりしている。たとえば、5年前にスタートした産学連携プロジェクトでは、バイオマス樹脂塗料の開発に成功しました。付着性が向上するなど技術面の特長もあって、広く普及することが期待されています。こういった事例を、今後どんどん増やしていきたいですね。
 実は、これらとは別にバイオマスプラスチックには大きな問題があります。「ポリ乳酸にはトウモロコシのデンプンが使われている」と最初にお話しましたが、そこで使われているトウモロコシは当然、私たちの食料にもなりますよねぇ。その一方で、地球上には飢餓で苦しんでいる人たちが大勢いる。世界の食料問題は、これからますます深刻になっていくでしょう。食べ物との競合という問題をどのように克服していくか――とても大きな問題で、この点でも、企業は容易に手を出せないでいます。
そうしたシーズ(種)を積極的に探し出し、失敗を恐れずチャレンジするのが、大学の研究者の仕事なんです。やり甲斐があるし、誰もやらないから面白い(笑)。
 中国の内陸部には砂漠一歩手前のところがたくさんあって、そこに、ある特定の植物を植えて原料を取り出し、バイオマスプラスチックとして製造、最終的に地場産業にするという、というプランがあります。砂漠化を防ぐし、産業としても成り立つのですから、一石二鳥、いえ一石三鳥でしょうか。まだまだ構想段階ですが、工学以外の先生たちともタッグを組んで、こうしたことにも取り組んでいます。バイオマスプラスチックは、社会貢献という点で非常に大きな可能性を秘めていることがおわかりいただけたか、と思います。

(企業が手を出しにくい研究は大学の役割)

納豆のネバネバが化粧品に

バイオプラスチック以外にも、宇山先生の研究室ではさまざまなことに取り組んでいる。たとえば、納豆のネバネバ成分の研究。納豆のネバネバを水質浄化や化粧品の開発へ応用するというものだ。他にも、植物や果物のポリフェノールという成分を食品素材に応用するなどがある。こうした身近な天然素材を使って生活に役立つものを作り出すという研究は、マスコミはじめ各方面から注目を集めている。

 納豆のネバネバ成分には「γ(ガンマ)-ポリグルタミン酸」という物質が含まれていて、これがいろいろ有益な作用を及ぼします。みなさんの関心の高いのは化粧品でしょうね。具体的にはアンチエイジングの分野で注目を集めています。アンチエイジングを簡単にいうと老化の防止。年を取ると肌の内部にあるヒアルロン酸という物質の量が減少し、これは肌のハリやツヤが失われる原因となります。もともとは、化粧品を使ってヒアルロン酸そのものを補っていたのですが、γ-ポリグルタミン酸を使えば、ヒアルロン酸を肌から失わせないようにすることができることがわかってきました。メカニズムはここでは詳しく書きませんが、γ-ポリグルタミン酸の働きでヒアルロン酸を分解してしまう酵素の働きを抑えるのです。
 また、遺伝子レベルの研究では、肌内部の保湿性を高める成分を増加させるともいわれています。化粧品の分野ではいろいろと応用の可能性があり、実際、大手化粧品メーカーとの共同研究により商品化に結びついたりしたケースもあります。
 まあ、こういったすぐに成果が目に見える形ものばかりではなく、多くは10年先、20年先を見据えたものです。しかし、化学の世界にはほんと面白いことがいっぱいあって、興味が尽きない。ぜひ、一人でも多くの若者に、その道に進んでもらいたいですね。そして、一緒に世の中に役立つものをつくっていきましょう。
《文=WAOサイエンスパーク編集長 松本正行》

大阪大学工学部のWebサイト
宇山先生の研究室のWebサイト