- 2013-03-15
- ツイート
フロントランナーVol.12
若返りの方法がここから見つかる!
不老不死の生物・べニクラゲがもつ驚異の力
京都大学フィールド科学教育研究センター
准教授 久保田 信
1952年生まれ。愛媛大学理学部卒、北海道大学大学院理学研究科修了。82年、北海道大学理学部助手、92年より京都大学理学部助教授。現在は、同大フィールド科学教育研究センター瀬戸臨海実験所(和歌山県白浜町)の准教授を務める。著書に『神秘のベニクラゲと海洋生物の歌』(単著)、『知りたいサイエンス クラゲの不思議』(共著・監修)などがある。
海を漂う不思議な生物「クラゲ」
人類の永遠のテーマとされる「不老不死」。世界中に不老不死伝説が存在するが、科学技術が進んだ現在でも、その夢は実現できていない。単細胞生物は分裂によって増えていくので、不老不死の存在といえるが、私たち人間を含む多細胞生物は性を獲得して以降、自分とまったく同じ遺伝子を残すことはできなくなった。ところが、クラゲの仲間に、その例外がいることがわかった――。驚異の能力をもつ、その生物はどんな生態をしているのか、不老不死のクラゲの研究はどのような未来を私たちにもたらすのか。京都大学の久保田先生の研究をから見えてくるものは……。
私は松山(愛媛県)の海辺で育ったので、子どものころは海で釣りをしたり、トンボを追いかけたり、朝市に行って雑魚(ざこ。小魚の総称)を見たしてり毎日を過ごしていました。いつも、いろいろな生物に囲まれていたのですが、とくに「科学者になろう」などと意識したことはなかったですね。ところが、地元の大学の理学部に入学した際、祖父から出版したての『岩波生物学辞典』をプレゼントされ、生物の不思議に魅了された。なかでも驚かされたのが「進化の系統樹」です。系統樹ってわかりますか? 生物が進化してきた道筋を示し、木の枝が広がるような形をしているのでそう呼ばれます。それを見ながら、「生き物の進化ってすごいな」と思うと同時に、その根幹にいたクラゲやサンゴに魅かれた。「ここを調べたら、生命の起源の謎に近づけるかもしれない」というわけで、これが私とクラゲとの出会い、研究者になるきっかけでした。
クラゲって本当に面白い生物ですよ。昔は、泳ぎに行ったときチクリと刺される、どちらかといえば「嫌われ者」のイメージが強かったと思います。しかし最近は、「フワフワ水中を漂っている姿が、ゆったりとした気持ちにさせ、癒してくれる」なんて言われ、むしろ興味や愛着をもつ人が増えてきました。水族館なんかでも人気モノ、ペットにする人もいるようですね。
クラゲは不思議な生物で、たとえばサイズにすごく幅がある。顕微鏡でないとはっきりとした姿を見ることができないものがいる一方で、エチゼンクラゲなどは体長が2メートル、体重が200キロにもなります。生態も多種多様で、海中をフワフワ漂うものばかりではありません。カイヤドリヒドラクラゲは刹那的な命のクラゲですが、若いポリプという状態のとき、貝の柔らかいお肉の上をゴソゴソ動き回ります。カギノテクラゲは海藻にもっぱら貼り付いて暮らします。このカギノテクラゲは日本にもいて見た目もカワイイのですが、猛毒をもっているので素手では絶対、触らないようにしてください。いずれにしても、クラゲって奇妙な生き物なんです。
そんな不思議なクラゲのなかでも、極めつけなのが、これから紹介するベニクラゲです。何しろ、このクラゲは何度も若返ることができる、不老不死のクラゲなのですから。
“クラゲ算”式に無数の自分を生み出す
ベニクラゲは北極および南極以外の世界中に生息、写真(上)のように透けて見える消化器官が赤いため、このように呼ばれる。体長が数ミリ(大きいもので10ミリ程度)と小さいため、なかなか見つけることは難しいが、日本ならどこの海にもいる。その身近なクラゲに不老不死の能力が見つかったのはいまから20年ほど前だ。イタリアの研究者が発表し、日本では久保田先生が2000年に鹿児島湾で採取したベニクラゲで初めて確認した。以後、久保田先生は「ベニクラゲ研究の第一人者」として生物学的研究に取り組み、“ベニクラゲ若返り”の世界記録も樹立した。
普通のクラゲはオスとメスが生殖すると死を迎えます。そして、身体がバラバラになり海に融けてしまいます。ところが、ベニクラゲは死なないで逆に若返る。どういうことなのか、図を使って説明しましょう(以下、下図参照)。
①は子どものクラゲで、これが成長して②の親クラゲ(成熟したクラゲ)になります。2匹なのはオスとメスがいるからで、先述したように普通のクラゲは、親クラゲになると生殖活動を行い、死を迎える。一方、親クラゲの精子と卵子(④)が受精したものは、⑤の「プラヌラ」という幼生期間を経て、⑥の「ポリプ」と呼ばれる状態に変化します(⑥全体がポリプ)。そこから、⑦のように枝が四方八方に伸び、さらに枝から“実”のようなものができ、この“実”が枝から離れて、①の子どもクラゲになっていくのです。いうまでもなく、新しく生まれた①の遺伝子はオスとメスの遺伝子が交じったもので、親の②の遺伝子とは異なっています。
ところが、ベニクラゲには③の段階がある……。たとえば、外敵に襲われて傷ついたり、水温や塩分濃度の変化によって生存に支障を来たすようになったとき、子どもや親のベニクラゲは身体全体を団子状に変化させます(③)。そして、植物の根のようなものを伸ばし始め、⑥のポリプになる。ここからは他のクラゲと同じで、⑦を経て新しいクラゲ(①)が誕生します。
普通は、精子と卵子が受精して子どもができるので、自分の遺伝子は半分だけ。一方で、ベニクラゲは自分とまったく同じ遺伝子をもった個体を生み出すことができます。若いクラゲになって生まれ変わるのだから「不老」、さらに原理的には何度も生まれ変わることができ、実際、私は10回、再生に成功したので「不死」であるといえる(10回が現在の世界記録)。地球上には約140万種の多細胞動物がいますが、こんな特殊な能力をもつものはベニクラゲと、もう一種、ヤワラクラゲだけです。ヤワラクラゲは成熟前の段階でしか若返れないようなので、ベニクラゲが一番、能力が優れているといえます。
ちなみに、団子状になり始めてから約2か月で新しいベニクラゲが誕生します。また、ポリプからはくもの巣状に枝が伸びて、それぞれ“実”をつけます。要するに、1つの個体から無数のクローン(=自分)が生まれるのです。その数、数百から数千。これを、私は「クラゲ算」と呼んでいます(笑)。
えっ、「不老不死のベニクラゲが、クラゲ算式に数を増やしていったら、世界中の海がベニクラゲで埋め尽くされないか」ですか? 残念ながら(笑)、先ほど言ったようにベニクラゲは体長が数ミリなので、ほとんどは他の生物に食べられてしまいます。捕食されたベニクラゲはもちろん生まれ変われません。また、海水の状態によっては、不老不死能力を発揮することができないこともわかっています。海水の温度も重要だし、海が汚れていると生まれ変われない。このあたりが「なぜ、不老不死能力を獲得したのか」のヒントになると考えています。
自分の力でiPS細胞をつくり出す!
ベニクラゲの研究は始まったばかりだ。私たちが求めてやまない「アンチエイジング(老化防止)」への応用も、まだまだ先のことだろう。しかし、ベニクラゲに人類の未来を左右する可能性が秘められていることは確か、研究も着実に進んでいる。自身が病気になってしまったため10回で終わってしまった「ベニクラゲの若返り実験」も、世界記録更新に向け、久保田先生はいま準備を進めているところだという。
では、ベニクラゲはどのようにして繰り返し若返りを図っているのか、まだまだ仮説の段階ですが、少しだけ、その秘密に迫ってみましょう。
すべての動物細胞の染色体には「テロメア」という部分があります。染色体の末端にあって、その長さによって細胞分裂の回数を制限しています。“回数券”のようなものと考えてもらうといいでしょうね。とにかく、細胞分裂の度にテロメアが短くなっていき、テロメアがゼロになると細胞分裂はストップします。そして、細胞は死を迎える。もしかしたら、ベニクラゲは何らかの酵素の働きで、このテロメアの長さを修復・維持しているのかもしれない。そのように推測しています。
しかし、もっとすごいのはベニクラゲの細胞が用途にあわせて生まれ変わることができる点でしょうね。私たちの場合、1個の受精卵から約200種類の細胞に変化していくのですが、たとえば、いったん筋肉など特定の細胞に変化したら、違う細胞になることはありません。ところが、その変化をベニクラゲは行うことができるのです(これを分化転換と呼びます)。上図の③のような団子状になるのは、そのためと考えられており、この過程で何らかの細胞が「iPS細胞」のようなものに変化する。自分自身の力で、あのiPS細胞をつくり出すんですよ! すごいと思いませんか(笑)。
具体的に、どのようなメカニズムなのか、まだ詳しいことはわかっていません。ただし、このようなベニクラゲの若返りの秘密を探ることは、私たち人類の病気や延命などに応用できると、私は考えています。最近、注目されるようになった「アンチエイジング(老化防止)」にも活用されるでしょうね。
ですから、もっと多くの人にベニクラゲに注目して欲しい。
大人の方で興味のある人は、2011年に『Biogeography』という雑誌に掲載された私の論文を読んでいただくと幸いです。そこから孫引きで関連論文などを探し出せます。一方、子どもたちはぜひ、下にリンクを張っている私がつくったベニクラゲの研究サイトをみて関心を高めてください。ちなみに、カラオケ好きが講じて『ベニクラゲ音頭』も作詞・作曲しました。こちらも楽しんでもらえるとうれしいですね(笑)。
《文=WAOサイエンスパーク編集長 松本正行》
《関連記事》