- 2013-05-28
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フロントランナーVol.16
ミドリムシが食料・エネルギー問題を解決!
大量培養の成功で「夢」が現実に
株式会社ユーグレナ 社長 出雲 充
1980年生まれ。東京大学農学部卒。大手銀行勤務ののち2005年、㈱ユーグレナを設立し社長に就任。同年、世界で初めてミドリムシの大量培養に成功する。2012年、世界経済フォーラムが選出する「ヤング・グローバル・リーダーズ」に選出される。同年12月、東証マザーズに上場を果たす。従業員45名、売上高15億円、本社・東京都文京区。著書に『僕はミドリムシで世界を救うことに決めました。』がある。
ミドリムシはハイブリッドな生き物
ミドリムシが地球を救う! そう聞いても多くの人は「?」マークが頭に点るだろう。が、決してこれは大袈裟なことではない。ミドリムシは食料、エネルギー、環境など世界的な問題を解決するカギになると期待されているのだ。わずか0.05ミリの小さな生物が秘めた驚くべき可能性――。株式会社ユーグレナの出雲社長はそこに着目し、2005年、誰も果たすことができなかった大量培養に世界で初めて成功した。ミドリムシとは“何者”なのか。成功に至るまでの苦労など「過去」「現在」、そして「未来」を出雲社長に聞いた。
小学校や中学校の理科の授業で、顕微鏡を使って観察した人も多いでしょうね。名前だけ聞いてイモムシの仲間と間違える人もいるようですが(笑)、ミドリムシは植物でワカメやコンブ、ヒジキと同じ藻の仲間。ただ、顕微鏡で見た人ならおわかりでしょうが、普通の植物とは違ってミドリムシは“動く”んです。水中で光合成をする一方で、細胞を変形させて移動する。このような「植物と動物の両方の性質」をもつハイブリッドな生き物は他にはありません。と同時に、植物と動物、その両方の栄養素(ビタミンやミネラル、アミノ酸など)ももっている。とくにある種のミドリムシは59種類もの栄養素をもつことがわかっています。
アジアやアフリカの発展途上国では、食料が大きな問題になっていることはみなさんもご存じでしょう。ただ、ここには少し誤解があって、実際は穀物は比較的足りており、餓えもしのげているところが多い。むしろ、問題なのは栄養素。米や麦、イモなど炭水化物だけでは人間は健康に暮らすことはできません。肉や魚、野菜などが絶対的に不足しているため、多くの人たちは慢性的な栄養失調に陥っています。どうすればいいか? 59種類もの栄養素を持つミドリムシなら、それを一挙に解決することが可能です。
また、ミドリムシはエネルギー問題の解決にも役立ちます。
みなさんは、バイオ燃料という言葉を知っていますか? トウモロコシやサトウキビといった植物からガソリンに代わる燃料がつくられており、それらをバイオ燃料と呼びます。いずれ枯渇する石油の代替品として急速に普及が進んでいます。しかし、トウモロコシはもともと食べるものですよね。食べるものをあえて燃料に回すものだから、それらが不足がちになり価格の高騰を招いてしまった。世界各地で問題になっています。その点、ミドリムシからバイオ燃料をつくっても食料価格には影響しません。そもそもCO2を取り入れ光合成を行って成長しているので、エネルギー問題に加え地球温暖化にも役立つんです。
ミドリムシが食料、エネルギー、環境など世界的な問題を解決するカギになる――ここまでの説明で理解してもらえたでしょうね。
実際、こうしたミドリムシがもつ「パワー」は昔から知られており、世界各国が注目していました。日本でも1980年代から国家プロジェクトとしてミドリムシが研究されていました。ところが、頓挫してしまった。実は、ミドリムシは事業化できるぐらいに大量培養(=大量生産)することが極めて難しいんですよ。安く大量に取れないと、いくらスゴイ生き物でも利用することはできませんよね。私もミドリムシの大量培養に取り組んだ当初は、それこそ失敗の連続、何度も挫けそうになったものです。
「仙豆」が見つかった!
そもそもは東大在学中のバングラデシュでのインターン(職業体験)が、出雲社長がミドリムシ・ビジネスに取り組むきっかけだったという。多くの子どもたちが栄養失調に苦しむのを目の当たりにし、『ドラゴンボール』に出てくる「仙豆(せんず)」を見つけよう、と考えた。そして、出会ったのがミドリムシ。ミドリムシをビジネスにするため、就職した大手銀行は1年で退職した。その2年後には仲間3人と株式会社ユーグレナを設立(ユーグレナはミドリムシの学名)。東大発のバイオベンチャーとして一躍脚光を浴びた。
「仙豆」って漫画が好きな人ならわかりますよね、1粒食べれば10日間飲まず食わずでも平気でいられるという夢のような食べ物。それと同じようなものを見つけ出そうと大学の3年生のとき文系から農学部に転じたのですが、あるとき、後輩の鈴木(健吾。現在、ユーグレナの取締役)が私にこんなことを言ったんです、「ミドリムシなら、出雲さんの言う仙豆になり得るじゃないですか?」って。ビックリしましたね。本当に、仙豆のような食べ物があったんですから(笑)。で、35歳までにミドリムシの製品をバングラデシュに持っていき、多くの人に喜んでもらおうという夢を描いた。そのための会社を起こすことを決意しました。
とはいえ、会社をつくるのは簡単ではありません。大学卒業後1年間銀行に勤めたのは、経営の勉強をするためでしたが、いざ辞めるとなると相当な覚悟が必要でした。大学で鈴木が行っていたミドリムシ研究(大量培養)は芳しくない。一方で、銀行の仕事も楽しかった。このまま銀行に残ったほうがいいのかも・・・・・・そんな言葉が頭をよぎったのも事実です。食事も喉を通らない日々が続きました。
それでも、起業に踏み切ったのは、何でしょう? 「バングラデシュの人たちを驚かせたい」、そんなワクワク感を味わいたいという気持ち、それと「いま、やらなかった一生悔いが残るだろう」という思い、でしょうか。「やれる!」なんて確信はありません。でも、こうした思いが重なって、一歩踏み出したんです。
とにもかくにも、成功するかどうかは大量培養技術の確立にかかっています。それがないとビジネスは成り立ちません。
先ほどもいったようにミドリムシは栄養が豊富だから、少しでも他の微生物がミドリムシのプールに入ると食い尽くしてしまいます。何とか、微生物の侵入を防がなくてはいけないのですが、多くの研究者がここで失敗を重ねていました。この「超難問」をどう克服するか。鈴木と私はそれこそ日本中の研究者を訪ね歩きました。結果、私たちは他の研究者とはまったく別の方法を編み出したんです。失敗を分析、発想を転換して、微生物の侵入を阻止する特殊な培養液にたどり着きました。そして、それまでのグラム単位ではなくトン単位で生産できる屋外での大量培養に成功したんです。それが2005年12月、会社を設立して4か月後のことです。
その後は順調だった? いえいえ、実は、まだまだ苦労は続きます。なかなかミドリムシのパワーを理解してもらえず、理解してもらえても「どこかが先に商品化するのを待って」という会社が多くて、一緒に商品をつくる会社が見つかるまでに3年もかかった。しかし、大手商社からの支援が決まってからは順調に得意先・取引先が増えていきました。いまでは、「ミドリムシクッキー」「ユーグレナ・ファームの緑汁」といった食品だけでなく化粧品、水質浄化などに用途が広がっています。さらには、ジェット旅客機の燃料にも。どんどん事業領域は広がっています。
世の中に「くだらないもの」なんてない
バイオ燃料のなかでもミドリムシから取れる油は最もジェット燃料に適しているといわれる。すでに大手石油会社やプラント会社などとの共同研究が始まっており、全日空からの支援も得ている。このビジネスが成功すれば、日本がジェット燃料の輸出国になるのも夢ではない。2018年度に事業化することを目指して、出雲社長は奮闘中だ。
ミドリムシでジェット機を飛ばすと言うと、「ウソでしょ?」と驚く人が多いのですが、考えてください、石油も元をたどれば植物の死骸ですよね。それが長い年月をかけて変化したわけです。だったら、生きているミドリムシから同じようなものをつくれないことはない。実際、可能なんです。ただし、現在ある石垣島の当社の培養プールでは「羽田―伊丹間を1往復するくらい」しかジェット燃料をつくることができません。もっともっと巨大な培養施設が必要。できるだけ早く、それに適した場所を見つけて、生産をスタートさせたいですね。
それともうひとつ、バングラデシュの食卓に当社製品を上げることを本格的に考え始めています。ミドリムシカレーなのかビスケットなのかはわかりませんが、栄養失調根絶プログラムをバングラデシュで実現する。そのための工夫をしなくてはいけません。ホント、まだまだやるべきことはいっぱいあります(笑)。
私はね、「この世の中に、くだらないものは、ない」と思っているんです。
いまでこそ注目を集めるようになりましたが、「どうしてそんなものに・・・・・・」と何度言われたことでしょう。でも、世の中にくだらないこと、くだらないものなんて一つもない。どんなちっぽけな仕事だって、必ず意味があるし、どんなちっぽけな生き物だって、大きな可能性が眠っている。私は、そのことをミドリムシに教えてもらいました。
この記事を読んでいる中学生や高校生には「人に何と言われようと、自分がやりたいと思ったことはやり遂げよう!」とアドバイスしたいですね。大人はすぐに「くだらない!」なんて、それこそ“くだらないレッテル”を貼りたがるものなんですが、そんなものは気にしなくていい。よく「日本は閉塞感に覆われている」といわれるじゃないですか? 中高生でも聞いたことがあるでしょう。「日本では、なかなかイノベーション(技術や方法の革新)が起こらない」ともいわれています。しかし、「何それ!」「スゴイ!」というものは、実は、多くの人が「くだらない!」と思うもののなかから生まれている。その傾向は、強まっています。
だから、大人の「くだらない」なんて無視(笑)。妥協などせず、どんどん突き進んで欲しい。その結果、自分でビジネスを起すような人がいっぱい出てくると、日本はもっともっといい国になる――そんなふうに考えています。
《文=WAOサイエンスパーク編集長 松本正行》