- 2013-07-02
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フロントランナーVol.18
もうウナギは食べられない!?
謎多き生態の解明で食文化を守る
東京大学大気海洋研究所 准教授 青山 潤
1967年生まれ。大学卒業後、2年間の青年海外協力隊を経て、東京大学大学院に。農学生命科学研究科博士課程修了。2004年東京大学海洋研究所(現・大気海洋研究所)助手、2008年特任准教授。塚本勝巳教授(2013年より日本大学教授)率いる“ウナギチーム”の一員として、ウナギ研究の最前線で活躍。2007年、『アフリカにょろり旅』で講談社エッセイ賞を授賞。近日、3冊目の著書を刊行予定。
稚魚の値段は10年で10倍以上に
「ウナギの値段が上がっている!」「気軽にウナギの蒲焼を食べることができなくなった」――このようなニュースを、一度は聞いたことがあるだろう。実際、ウナギは取れなくなっている。ニホンウナギにいたっては、この2月、絶滅危惧種の指定を受けたほどだ。なぜ、こんな事態に陥ってしまったのか? 東京大学大気海洋研究所の青山先生は、「ウナギの生態に謎が多い」ことを要因のひとつに上げた。日本食の代表ともいえるウナギの蒲焼。果たして、私たちはこれからも食べ続けることができるのだろうか。
とても残念なことですが、ことしの土用の丑の日(2013年7月22日)、ウナギの価格はさらに高くなるでしょう。水産庁は5月末、国内の業者が輸入と国内漁獲で確保できた養殖用稚魚は約12トン(池入れの量)、2012年と比べて25%減少した、と発表しました。稚魚1キロ当たりの値段は12年が215万円でしたから、おそらくことしは250万円を優に超えるでしょう。10年前(03年)は20万円だったので、その10倍以上。3年前と比べても3倍ほどになります。
しかし、ここに来て急にウナギが取れなくなったというわけではないんです。1970年代からずっとウナギの数は減り続けており、私たち研究者は警鐘を鳴らし続けていました。乱獲、河川環境の悪化、地球温暖化を原因とした海流の変化などが、その原因と考えられています。ただ、日本の養鰻池(ウナギを飼育するための池)のキャパシティが約20トンあって、それを満たしている限り、大きな問題にはならなかった。それが、いよいよ20トンすら確保できなくなってきたんですね。で、価格の急騰。昔の値段に戻るのは簡単ではないでしょう。
えっ、「養殖しているのに、なぜウナギが急に取れなくなるのか」ですか? たしかに、日本で消費されるウナギの99.5%は養殖です。でも、元を正せば、それらはすべて天然の鰻なんです。タイやヒラメなどでは、人の手で育てた親魚から卵を取り、稚魚をつくる「完全養殖」の技術が確立しています。一方、ウナギの養殖は先ほど出てきた養殖用の稚魚、「シラスウナギ」といいますが、天然のシラスウナギを海や川から取ってきて、養殖池の中で大きくするだけ。だから、シラスウナギの漁穫量に、養殖鰻の生産量や価格が大きく影響されるんです。いまは、そのシラスウナギが取れなくなりました。
同じく完全養殖ができなかった魚にクロマグロがありますが、いまから10年ほど前、近畿大学の研究所がその完全養殖化に成功しました。ニュースでも話題になったので、ご存じの人も多いでしょうね。同様に、ウナギも完全養殖に向けた研究が進められており、2010年に農林水産省の研究機関である水産総合研究センターが成功しました。しかし、まだまだ商業化の段階、安定供給できるレベルには至っていません。せっかく卵から孵(かえ)っても育つのはほんの一部なんです。
なぜ、タイやヒラメなどと違って完全養殖が難しいのか? それは、ウナギの生態が謎だらけだからです。実は、ごくごく最近までウナギはどこで卵を産むかすらわかっていなかった。卵から孵化して以降、どんな環境で育ち、何を食べて大きくなるのかなども正確なことはわかっていません。いわば、手探りの状態なんですね。
ウナギは太平洋の真ん中で生まれる!
私たち日本人とウナギの“付き合い”は古く、すでに縄文時代の遺跡からウナギの骨が出土している。江戸時代には、蒲焼という調理方法が編み出され、ひとつの食文化を形成するようになった。しかし、ウナギはどこで卵を産み、どんなふうに大きくなるのかまったくわからなかった。そのため、「山芋変じてウナギと化す」ともいわれていたくらいだ。ヨーロッパにも「ウナギは馬の尻尾が落ちてできた」という言葉があるという。なぜ、こんなにも謎が多いのか? それは「ウナギの産卵場が海洋にあるからだ」と青山先生は言う。
2009年5月、私たちのチームは、天然ウナギの卵を採集することに世界で初めて成功しました。場所はマリアナ諸島西方に連なる海底山脈、西マリアナ海嶺の周辺です。日本からはるか2500キロも離れたところで、ウナギは産卵し、卵が孵化していたんです。19世紀にヨーロッパでウナギの研究が始まり、20世紀に入って日本でも本格化しました。これまでの研究、とくに私の師匠である塚本勝巳先生(現・日本大学教授)の成果を踏まえ、ウナギ(東アジアにいるニホンウナギ)がどのような一生を送るか説明しましょう。
いま述べたようにウナギはマリアナ諸島、ちょうどグアムやサイパンの西のあたり(上図の①)で産卵します。生まれた子どもは「レプトセファルス」と呼ばれ北赤道海流に乗り成長しながら西に進む。そして、台湾沖(②)から黒潮に乗り、シラスウナギと呼ばれる稚魚に身体を変えます(=変態)。黒潮に乗ってさらに北上、③のように日本の沿岸・河口域に達し河川へ遡上します(この間、シラスウナギは台湾や日本の近海、および河口付近で捕獲される)。こうして川や池で成長期を過ごし、成魚になります。
なお、ウナギの成魚は雑食、かつ“肉食系”です。カニや小魚、エビなどを食べ、5~15年ほどゆっくりと成長。成熟が始まると再び海に戻ります。実は、ここからはどのように進むかまだよくわかっていないのですが、概ね④のようなルートを通って産卵地に到達し、そこで卵を産み一生を終える、と考えられています。
2011年と2012年の調査でも、西マリアナ海嶺周辺で卵を産んでいることが明らかになりました。どうやって、はるか彼方のこの産卵場所を彼らが探し出すのか? いや、そもそも遊泳能力に乏しいレプトセファルスが海流に乗るだけで、無事、日本にまでたどり着くメカニズム自体が不思議でしかたがない。もっといえば、採集したレプトセファルスを詳しく調べてみると、孵化したと推定される日は、いずれも新月の日に一致することもわかりました。つまり、月明かりもない真っ暗な夜に、ウナギのオスとメスが大海原の中、ピンポイントと呼べる1か所で出会い、“愛”を育むわけです。これをロマンと言わずして何をロマンというのでしょう(笑)。
いずれにしても、こうした謎の部分がわかってくると完全養殖技術の確立にも繋がると思います。レプトセファルスは何を食べている? どんな水温が最適か? 塩分濃度はどうか? どれくらいの光が必要なのか? どれもが貴重なデータになるでしょう。
ただし、完全養殖の商業化はまだ先の話です。それまでは、高い値段になるのは仕方がないし、場合によっては川を下って海に帰ろう(つまり産卵しよう)としているウナギを禁漁にするといった保護策も必要になるかもしれません。ウナギという貴重な資源を守るためには、私たち自身もそれなりの覚悟をもたなくてはいけないでしょうね。
ウナギのロマンに魅せられてい
青山先生がウナギの研究に取り組んだのは、東京大学の大学院に進学してからだ。東京大学教授だった塚本先生の指導のもと、ウナギ全種類を収集してまわった。その数18種(亜種も含めて)。収集の過程では、従来の研究では確認されていなかった新種(19種目)も発見したという。それこそ世界中、ウナギを求めて旅したというわけだ。そのときの苦労(ほとんど冒険に近い)は『アフリカにょろり旅』(2007年、現在は講談社文庫)という本にまとめ、講談社エッセイ賞を受賞した。さらに『うなドン』を出版、近々、3冊目を刊行予定だという。
こんなことを言ってがっかりされると困るのですが、塚本先生に出会うまでウナギにはまったく興味がありませんでした。学部を卒業するときも、2年くらい海外で暮らしてもいいなぁなんて甘い気持ちで、青年海外協力隊に入ったくらい。だからでしょう、海洋学部を卒業したのに、まるで魚のことがわからない、役に立たない。赴任先のボリビアの人には申し訳ないことをしました。で、帰国後、しっかり勉強しなおそうと塚本研究室の門を叩いた、というか塚本先生に拾われた(笑)。その塚本先生がウナギを研究しており……まあ、偶然がいくつも重なってウナギに出会ったのですが、いまではほんと、ウナギのロマンに魅せられてしまっています。
ウナギの全種類を集めるのも苦労したし、ずいぶん無茶もしたけど、振り返ってみると楽しいことのほうが多かったですね。そもそも根本的な疑問――なぜ、ウナギはわざわざ外洋にまで行って産卵するのか? これを明らかにするためには、まず、世界中のウナギの産卵生態を明らかにする必要がある。さらに、全種類を集め家系図のようなものをつくらなくてはいけない――それらに答えるための旅でしたが、正直、死にそうな目にもあいました。あっ、最近の話は次に出す3冊目の本に書いているので、ぜひ、そちらを読んでくださいね(笑)。
ロマンなんて言葉を使ったけど、それは大袈裟ではありません。たとえば、ウナギの産卵場がどこにあるのか誰も知らなかった。誰も知らなかったことを自分が明らかにするってすごいと思いませんか? ただし、明らかにするといっても真理の一部をチラっと見ただけです。多くの人の「チラ」が重なって徐々に真理に到達していく、それが科学なんです。と同時に、「なんか、すごいなあ!」という畏怖のようなものも生まれてきます。ウナギは一生に一回、新月の晩に、世界地図で見たら点にもならない場所に集まって、産卵するんです。こんなの小説家だって思いつきませんよね。
私はこれからもロマンを追い求めていきます。次の目標ですか? ウナギの産卵の瞬間をこの目で見ることですね。それが実現したら、感動で身体が震えるでしょう、間違いなく(笑)。
《文=WAOサイエンスパーク編集長 松本正行》