• 2013-09-05

フロントランナーVol.22

食料増産から新しい医薬品まで
植物工場が切り拓く私たちの未来

千葉大学園芸学部 教授 後藤 英司

1960年生まれ。東京大学農学部農業工学科卒。同大学院農業系研究科博士課程中退。東京大学農学部助手を経て、97年、同生命科学研究科助教授に。2004年に千葉大学に移り、05年より園芸学研究科教授。早くから植物工場の将来性に着目し、日本の植物工場研究をリードする。日本学術会議の連携会員なども務める。

さまざまなメリットがある植物工場

サンドイッチ・チェーンが、店舗の中でLED照明を使って野菜の栽培を行っている。そんなニュースを見た人もいるだろう。そう、あれが植物工場だ。水や温度、光などを管理し屋内の施設で野菜を育てるため、植物工場では1年中、収穫することができる。生育条件を変えることで、従来にない付加価値の高い農作物を生み出すことも可能だ。最先端技術として世界中が注目している、まさに「次世代の農業」だ。それにより、どんな未来が見えてくるのか。植物工場研究をリードする、千葉大学の後藤先生に聞いてみよう。

 ビニールハウスやガラス温室などを使ったものをまとめて施設園芸といいますが、実はビニールハウスでも1年中、栽培しているわけではありません。植物工場は、その施設園芸のなかでも1年中、農作物を生産できるタイプのもの。いわゆる工場生産に近い形で野菜などをつくることができるので、そのように呼んでいるわけです。建物の中で人工的な照明を当てて野菜をつくるものだけが植物工場ではありません。太陽光を利用したり、太陽光と人工光を併用するタイプもあります。いずれにしても、露地栽培(施設外で野菜や草花を育てること)では天候に左右されてしまいますが、植物工場では天候に関係なく、農作物を収穫できるという点に特長があります。
 植物工場は以前から注目されていました。食料問題の解決策になり得るし、いろいろな“機能をもった野菜”をつくり出せる可能性ももっているからです。それが、ここに来て一気に注目度が高まり普及し始めたのは、IT技術の進展が要因として挙げられます。温度や光などの調節が容易になり、計画的に栽培できるようになりました。現在では「店舗の中」といったスタイルではなく、大規模な生産を行っている植物工場は全国で150か所を超える、といわれています。国も普及に力を入れていますから、もっと増えるでしょう。
 植物工場はどんな仕組みなのか?
 まず、閉じた空間が必要です。土は必要なく、代わりに培養液の中で農作物を育てます(=水耕栽培)。培養液にはその植物が生育するために必要な栄養素(窒素やリンなど)が入っており、どんな培養液で育てるかによって植物の“出来”が大きく左右されます。また、培養液を変えることで、いろいろな“機能を持たせた野菜”をつくることも可能なんです。
 さらに、根も呼吸しているため培養液の中には十分な酸素が供給されています。「根腐れ」という言葉を聞いたことはありませんか? 根が酸欠になって起こる現象で、畑の土を耕すのは酸素がしっかり土に含まれるようにするためなんです。あと必要なのは空気と光ですね。葉に光が当たることで、葉の中にある葉緑素で水と二酸化炭素が化学反応を起こし、酸素とブドウ糖をつくり出すことはみなさんもご存じでしょう(=光合成)。
 植物工場のメリットは、ざっと挙げていくだけでこんなにもあります。
・気象条件に左右されないので、安定的に生産できる。コストの低減にもつながる
・閉じた空間で人の出入りが制限できるため、病気や害虫を防ぐことができる。農薬を使わなくてもいい
・設備を何段にも積み上げることができるため、土地の効率がいい。都会のビルの中でも生産が可能
・温度や光の調節などで栽培期間が短縮できる
・腰を曲げる必要がないなど作業効率がいい
・ITが管理するため、農業の知識がない人でも作業が可能
 日本の農業はあまり元気がありません。コスト面で外国に負けている農作物は多いし、農業の担い手自体も減っています。そうした問題の解決する手段のひとつとして、植物工場の普及は有効。国が力を入れるのもわかりますよね。「世界の食料問題の解決につながる」というところも理解してもらえるでしょう。
 そして、特定の機能をもつ成分を増やすことができる点も植物工場がもつ大きなメリットです。次は、その「機能性成分」についてお話していきましょう。

(LED照明を使って野菜に適した光を当てる)

機能性成分は環境を厳しくすれば増える?!

トマトに豊富に含まれている赤い色素「リコピン」。そもそもは自分の身体が酸化するのを防ぐためにつくられるのだが、私たちの口から入っても効果を発揮することがわかっている。老化やがんの原因となり得る紫外線や活性酸素によるダメージを減らしてくれるのだ。まさに、人間の役に立つ野菜! 植物工場は、こうした機能性成分を増やすことができると期待されている。

 リコピンについてひとつ付け加えておくと、仮にリコピンだけを抽出しサプリメントのようなものにして摂取しても、活性酸素のダメージを減らすなどの効果は現れません。トマトに含まれる他の物質と相互に作用して初めて発揮されるんです。不思議ですよね。
 それはともかく、老化防止、発ガンの抑制、高血圧の予防などをしてくれる「人の役に立つ」ものを機能性成分と呼び、それらは続々と発見されています。有名なものだと「ルテイン」。ルテインはホウレンソウやケール(青汁の原料になる葉物野菜)などに多く含まれており、加齢黄班変性症という目の病気に効くことがわかっています。これもリコピンと同じくカロテノイド(植物に含まれる色素)の一種で、抗酸化作用があり、生活習慣病の予防にいいといわれています。
 みなさんがよく耳にするポリフェノールも、カロテノイドと同様、代表的な機能性成分です。ポリフェノールは、正式にはフェノール基を2個以上含む構造を持つものを言うのですが、女性ホルモンと関係が深く美容にいいといわれる「イソフラボン」などもポリフェノールの一種。その他、食物繊維も機能性成分に含まれます。
 ポリフェノールだと、植物にストレスを与えることで増やすことができるんです。たとえば、1週間だけ光を抑えるとか、温度を下げるとか・・・・・・。「頑張ろう」「身体を守ってくれるものを増やそう」とするのでしょう。植物も人間と同じで、甘やかすよりも、少し厳しいめに育てたほうがいいのかもしれませんね(笑)。
 こうした機能性成分を増やす条件を探し当てるのも、私たち研究者の重要な仕事で、日々、実験に取り組んでいます。培養液に加えるもの(窒素やリンなど)の配合を変えることで、機能性成分の量が違ってきたりします。その他、光の強さや色、さらに温度やCO2濃度など・・・・・・組み合わせは無限にある。ただし、昔と違って現在は遺伝子レベルの情報があるため、それらを使って組み合わせの数をかなり減らすことができるようになりました。
 ちなみに、植物工場内のCO2濃度を2倍に高めたらどうなると思いますか? ホウレンソウなどの葉物だと、成長はなんと2倍にもなります。実は、植物は持っている能力を100%発揮しているわけではないんですよ。光も同じ。生き物には太陽光が一番だと思われていましたが、長年の研究によって少なくとも植物に関しては太陽光がベストとはいえないことがわかっています。いまなら、LED照明を使って特定の色だけを出すことも可能になっているので、その植物に一番合った光を探すなんて研究も進められています。
 うまくやれば収穫できる量が5倍、10倍になる、なんてことも夢ではない。いかがです? なかなか興味深いでしょ(笑)。

(植物工場が医療を変えるかもしれない=ワクチン稲の栽培の様子)

植物工場は日本が最先端を行く

いま後藤先生が力を入れているのは「食べたらインフルエンザにかからないコメ」など医療や健康に関係する農作物の栽培だ。そうした特別な農作物の研究・開発は、他の研究者が行っているが、実用化には生育環境の整備が欠かせない。その部分の研究を後藤先生が担っている。10~15年後には、薬やサプリメントの原料となる野菜工場が日本のあちこちに建ち、技術やノウハウの輸出も行われている――そんな未来像を後藤先生は描いている。

 インフルエンザのワクチンを注射ではなく、口から入れる――。
 夢のような話と思われるかもしれませんが、すでに実現に向け動き始めています。病原体の毒素を抜いたものをワクチンといい、それを体内に入れ、人間の免疫機能を使って対抗するもの(抗体)をあらかじめつくっておく。インフルエンザが代表でしょうが、それが口から投与できるんですから驚きですよね。しかも、米粒が50個(約1g)あれば十分なんです。粒ではなく粉にして舐める。コストも従来のものに比べて格段に押さえることができます。衛生状態が悪く、注射が危険な国などではとくに有効でしょう。そうしたまったく新しいタイプの農作物の研究・開発が、いろいろなところで進められています。
 ただし、「ワクチン稲」は遺伝子を組換えていますから、管理がとても難しい。温度や光、培養液など、クリアーしなければいけないことはいろいろあります。もちろん、医薬品ですから臨床試験も行わなければならず、実際に使用されるようになるのはまだ先の話でしょうが、それでも植物工場技術の進展によって、このようなことも可能になってきました。
 ここまで、バラ色の未来像ばかりを述べてきましたが、当然ながら問題点も多くあります。
 まず、工場自体をつくるのにお金がかかること。閉じた空間なので、少しでも病気のもとが入ってしまえば、作物は全滅してしまいます。そのための二重扉だとか、場合によってはクリーンルームのようなものが必要になるんです。また、照明、空調、各種のセンサーなどエネルギーにかかるコストも大きい。これらを補ってあまりある収穫量や利益を上げなくてはならないわけです。いずれにしても、どうやってコストを抑えていくかは、追究しなくていけない課題ですね。
 それと、すべての植物が植物工場で生産できるわけではありません。ダイコンやニンジンなど根野菜はつくることができません。理由はわかっておらず、現在、研究中。また、できるできないの問題ではありませんが、たとえば、みなさんはスイカを1年中、食べたいと思いますか? こうした季節性のものや、そもそも需要が少ない農作物もコストの関係があって植物工場での生産には向かないでしょうね。
 しかし、問題はいろいろあったとしても、植物工場が大きな可能性を秘めていることは間違いありません。なかでも、日本は技術の面でもシステム運用の面でも世界の最先端を走っていますから、日本の農業を再生させる原動力になり得るし、生産物だけでなく植物工場そのものを輸出産業にする、なんてことも可能です。また、このように言えば、農学とか工学の分野のように思われるかもしれませんが、生き物を育てることは癒しにつながるので、「心の病をもつ人の職場」という視点から研究している人もいます。文系理系の枠組みを超えて関心をもたれ始めているんです。
 いろいろな分野に関心をもつ若い人たちが、さまざまな角度からアプローチして、植物工場研究を盛り立ててくれるとうれしいですね。期待しています。
《文=WAOサイエンスパーク編集長 松本正行》

後藤研究室のWebサイト
千葉大学園芸学部のWebサイト

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