• 2013-10-02

フロントランナーvol.24

ゴミをリサイクルし燃料に変身?!
「バイオコークス」がCO2を大幅削減する

近畿大学理工学部 准教授 井田 民男

1962年生まれ。大阪府出身。豊橋技術科学大学卒。同大学院修士課程修了。近畿大学熊野工業高等専門学校(現・近畿大学工業高等専門学校)勤務を経て、2000年、近畿大学理工学部に移り講師。2005年、アメリカの州立ケンタッキー大学にて在外研究。2008年より現職。近畿大学バイオコークス研究所副所長も務める。

CO2の2%を削減する夢の燃料

【シリーズ「新しいエネルギー生産技術」②】
バイオマスという言葉をよく耳にするようになった。「Bio(生物資源)」と「Mass(量)」を合わせた造語で、一般には「化石燃料を除いた生物由来のもの」という意味で使われる。そのバイオマスをエネルギー資源として活用する動きがさかんになっているが、近畿大学の井田先生が取り組むのは、利用価値の低いバイオマスを原料に石炭コークスの代替物をつくり出すという研究だ。「日本が排出するCO2の2%を削減できる」という、その魅力に迫ってみよう。

 生来、「ひねくれ者」なのでしょうね(笑)。人と同じことをするのが嫌で、答えがわかっていることを追い求めるのも嫌い。だからでしょう、あまり勉強が好きなほうではなかったのですが、自然と研究者の道に進むようになりました。当初、取り組んでいたのは「マイクロフレーム」という小さな小さな炎です。髪の毛ほどの太さの“糸のようなもの”の先から炎を出すことにも成功しています。「なぜ、燃えているのか」といった炎の本質に迫る“基礎研究中の基礎研究”です。
 その後、三重にある高等専門学校から近畿大学の理工学部機械工学科に移ることになって、「これを機に、世の中の役に立つものを手がけよう」と考えるようになりました。もっとも、ひねくれ者ですから、みんながやっているような研究は面白くない。ちょうど、国を挙げてバイオマスの資源化に取り組み始めたころで、周りにもバイオマスの液化やガス化を研究する人が増えていました。「じゃあ、私は誰もやっていない固体化だな」って(笑)。それがバイオコークスの研究に取り組むきっかけです。
 具体的に言うと、利用価値がなくなった植物由来の廃棄物などを低温・中圧で固体化、それをコークスの代替物として使用し、CO2の排出を抑制する、というものです。バイオコークスの製造技術の確立、加工システムに加え、燃焼させる炉やボイラーの研究も行っています。下の写真が、そのバイオコークスです。
 ところで、みなさんはコークスってなんだかわかりますか? 「石炭と同じ」と誤解している人も多いようですが、「コークス=石炭」ではありません。コークスとは「石炭を原料につくられた、炭素を主成分とした多孔質(小さな穴がいっぱい空いた状態)の固体」で、石炭を蒸し焼きにしてつくります。石炭よりも固く、高温でも溶けたり崩れたりしにくい、という特性をもちます。また、石炭よりも硫黄など不純物が少なく、鉄鉱石(=酸化鉄)から酸素を取り除く能力(=還元作用)もあって、強い鉄をつくるのに不可欠な燃料とされています。そのため、鉄鋼業や鋳物業などで大量に使われているのです。
 もし、これをバイオマスを原料にしたものに置き換えることができればどうなるか……。
 植物が光合成によりでんぷんをつくって生長することはご存知ですよね。光合成ではCO2を吸収し原料にしますから、仮に植物を燃やしてCO2が出たとしても、大気中のCO2の総量は変わらない。この考えを「カーボンニュートラル」と呼びます。石炭でつくったコークスをバイオコークスに置き換えてもカーボンニュートラルが成り立つわけで、バイオコークスを使用することにより、CO2の排出が抑制され(=従来よりもCO2が削減される)、地球温暖化の防止につながるわけです。
 われわれの試算では、こうなります。
 現在、日本がオーストラリアや中国から輸入している石炭コークス(製鉄や鋳物用)は年間約60万トンにのぼります。その3分の1に当たる約21万トンをバイオコークスに代替することが可能だと見込んでいるのですが、これにより約63万トンのCO2の排出が抑制される、と考えられます。63万トンと言われてもすぐにはピントこないでしょうね。でも、2000年に日本が出したCO2総量の2%に相当する、と言ったらどうでしょう。とても膨大な量で、これだけまとめてCO2を削減する方法は他にはありません。
 いかにバイオコークスが有望で、社会的に意義深い技術であるか、理解してもらえたでしょうか?

(日本のCO2を2%も削減する力を秘めるバイオコークス)

成功のポイントは加熱する温度

バイオコークスの活用は、いずれは枯渇する石炭の節約になるうえ、石炭コークスよりもさらに硫黄分が少なく酸性雨の発生も抑えてくれる、といったメリットもある。実は、原料自体がとても魅力的で、お茶ガラやコーヒーかす、果物の皮といった農業廃棄物、さらには間伐材など植物性由来のものであればほとんどが利用可能なのだ。ゴミの減少や林業の活性化にもつながる。社会システムを変えるインパクトすら秘めている、といえる。

 では、どのようにしてバイオコークスをつくるかを、簡単にご説明しましょう。
①原料となるバイオマスを約10%の水分が残るまで乾燥させる
②乾燥させた原料を細かく粉砕し、シリンダーに詰め込む
③ピストンを使い約16トンの力で圧縮
④圧縮した状態のまま、約180度で加熱
⑤シリンダーから取り出し常温で冷やせば完成(長さ1m、直径約10cm、重さ約10㎏の円筒形、比重が約1.35)
 ①から④まで40分しかかかりません。しかも、原料となるバイオマスは、間伐材、製材所ののこぎりくず、稲わらや籾殻(もみがら)、野菜や果物のくず、コーヒーかす、ジュースの搾りかすなどで、いわゆる「ゴミ」と呼ばれるもので構わない。さらに、この工法では10kgの原料から10kgのバイオコークスをつくることができ、灰などの廃棄物もゼロなんです(=ゼロ・エミッション)。
 いままで廃棄処分していた資源から、まったく新しいエネルギーを生み出せるのですから、この点からも魅力的な技術なんですね。
 最も苦労したのは約180度という加熱温度を見つけることで、それより高いと燃焼しすぎて炭になってしまいます。炭だと炭化の過程で大量のエネルギーロスが生じるんです。逆に、温度が低いとペレットにしかならない。ペレットもよく耳にするようになりましたね。製材の際に出る「おがくず」や「かんなくず」などを圧縮成型した小粒の固形燃料のことで、ストーブの燃料として利用されています。このペレットは燃焼力が弱いんですよ。固さも足りない。石炭コークスの代替物にはなりません。とにかく、試行錯誤の連続で、ここまで到達するのに約3年かかりました。
 もっとも、加熱温度が見つかったあとは比較的順調に研究が進みました。ただし……、さまざまな原料で実験する必要があったので、研究室はいつも廃棄物でいっぱい。スペースは確保しないといけないし、けっこう臭いもするし、そもそも集めるのが簡単ではないし。それはそれは大変。我ながら、よく頑張りました(笑)。
 2010年には東大阪市にある鋳鉄炉(鋳物や製鉄用の炉)の専門メーカーと小型の炉を使って実験を行い、石炭コークスを約40%バイオコークスに置き換えても、鉄を溶かす熱量と熱効率がまったく変わらないことを実証しました。この実験では、CO2の排出量が40%削減されたことも確認しています。これは予想以上の成果で、本当にうまく行った、と思っています。一方、北海道恵庭市に量産実証実験のためのセンターを大学につくってもらい(2008年)、そちらでもさまざまな研究・実験に取り組んでいます。さらに、そこを拠点に、世界レベルでの普及を目指した周辺自治体との社会実験も行いました。
 次は、そちらについてお話しましょう。

(バイオコークスの製造機械はすべて自動化)

林業を活性化する事業もスタート

北海道下川町では、イタドリなど自生する雑草からバイオコークスを製造。バイオコークス専用の小型工業用ボイラーに加え、製造機を搭載した移動車も開発し、トマト用ビニールハウスなどの暖房熱源として利用してもらった。その成果を技術の向上に活かすと同時に、コスト面の検証も行ったところ、「採算性がある」ことが判明。大いに注目を集めた、という

 下川町では4か月間で約6トンのCO2削減に成功しました。また、十分に経済性があることもわかり、大阪府森林組合がバイオコークスを活かした事業をスタートさせています。
 林業において重要な仕事に間伐があります。間伐を行うことで森の中に光が入り、木の生長を促進するんです。しかしながら、間伐によって出た大量の木材(間伐材)は利用価値が低く、運搬にも手間やお金がかかるため放置されるケースが多い。コストがかかるため間伐自体を行えず、森が荒れてしまったところもあるようです。その間伐材を利用してバイオコークスをつくり、それを売って利益を上げる。「ゴミを宝に変える」取り組みです。
 バイオコークスの加工施設があるのは大阪府高槻市の山間部。小さな体育館くらいの建物の中で、バイオコークスを製造しています。上の写真でもおわかりのように、かなり大掛かりな装置で、ベルトコンベアなどを使い、すべての工程を自動化。24時間フル稼働すれば、1日約5トンのバイオコークスをつくることができます(この事業は、新エネルギー財団の「新エネ大賞」資源エネルギー庁長官賞を受賞しました)。販売先も確保し、事業自体も軌道に乗っています。
 こうした施設が全国各地にできれば、日本の林業ももっと元気になるでしょうね。
 間伐材利用の他にも、コーヒーかすや茶かす、果物の搾りかすなどが出る飲食工場の横につくったり、バナナの皮など果物や野菜くずが大量に出る食品工場に併設したり、といったケースが有望です。そうした工場は日本中にたくさんありますから、これからどんどん増えることを期待したい。また、研究拠点のある北海道では精糖工場(甜菜。砂糖の原料)の近くに建設したり、公共工事によって大量に発生する「泥炭(でいたん)」を活用する、といったアイデアも出ています。これらも「期待大」です。
 え、これからの課題ですか?
 バイオコークスの製造法はほぼ確立できたと思っているので、これからは、写真でお見せした機械を改良し、どれだけ生産コストを下げられるかが重要になってくるでしょうね。また、石炭コークスから置き換えるといっても、いまの炉では限界があります。炉そのものをバイオコークスに適したものに変えていかなければ、100%バイオコークスにすることはできません。そちらの研究も行わなければならないし、普通の工場や農業用ハウスなどで使えるためのバイオコークス専用ボイラーの研究も必要。やることがたくさんあって大変です(笑)。
 それともうひとつ、大きな課題となるのが、どうやって原料となるバイオマスを集めるか、です。フル稼働に必要な5トンを毎日集めるのは容易ありません。そのための社会システムや基盤をどのようにつくり上げていくか。国レベルや自治体レベルの問題になるのでしょうが、若いみなさんにも、いいアイデアを出してもらいたいですね。いずれにしても、バイオコークスは循環型社会を実現するという可能性を秘めています。これからの私たちの取り組みに、ぜひ注目してください。
《文=WAOサイエンスパーク編集長 松本正行》

井田先生の研究室のWebサイト
近畿大学理工学部のWebサイト
近畿大学バイオコークスプロジェクトのWebサイト

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