• 2014-06-06

フロントランナーvol.39

こうすれば記憶力は高まる!
~脳の仕組みから考える学習法

東京大学薬学部 教授 池谷 裕二

1970年静岡県生まれ。98年東京大学大学院薬学系研究科で薬学博士号取得。同年、東大助手に就任。コロンビア大学客員研究員、東大准教授を経て、2014年より教授を務める。『進化しすぎた脳』『記憶力を強くする』は20万部を超えるベストセラーに(糸井重里氏との共著『海馬』は30万部を超える)。その他、単著、共著、翻訳・監修など多数。

反復すれば記憶として定着する

記憶については、まだまだ謎が多い。たとえば、どれだけ記憶できるのかや、一度つくられた記憶をどのようにして取り出しているのかなども詳しくはわかっていない。東京大学の池谷先生は、脳の研究からそれらの難問に挑む。記憶にかかわる脳の部位・海馬や扁桃体の研究など、世界に先駆けたものも数多く手がけている。今回は、そんな“記憶の専門化”に、記憶力の高め方をレクチャーしてもらった。科学的知見に基づいた学習法とは果たして……。

 私たち生物は本当に謎だらけで、「なぜ、そんなことが起こるのか」「どうしてそうなっているのか」、まだまだ解明されていないものがたくさんあります。私が研究している脳、そして記憶などは、その最たるものですが、それでも近年の脳科学の進歩によっていろいろなことがわかってきました。たとえば、上に書かれている「一度つくられた記憶を、私たちはどのようにして取り出しているのか」という問題。私自身これにかかわる研究成果を先日発表しました(2014年3月)。
 特殊な方法で、どのニューロン(神経細胞)が記憶にかかわっているかを明らかにし、記憶にかかわるニューロンが抑制性シグナルに打ち勝つほど大きな興奮性シグナルを受け取って記憶を再生させることを証明しました。記憶の“痕跡”を見つけたと同時に、この研究で興奮性シグナルと抑制性シグナルが均衡しているという従来の説は覆ったのです。また同時期に、マウスを使った実験で、わずかなトレーニングによって特定のシナプス(神経細胞同士の接続部分)で起きる発火作用(神経伝達物質の移動)を操作できることも明らかにしました。前者は、認知症など記憶の障害に関係する病気の解明に、後者はうつ状態ではうまく発火作用を操作できないため、神経活動の異状を特徴とする病気の治療に応用できる、と期待されています。
 いかがでしょう、少し専門的なので、中高生のみなさんには難しかったかもしれませんね。いずれにしろ、記憶のメカニズムを明らかにし、それを病気の治療などに役立ててもらおうと、日々、研究に取り組んでいるところです。
 さて、こうした脳の仕組みや、記憶のメカニズムを知ることで私たちは効率よくものごとを記憶できるようになります。ルールを理解してから練習に励めば早く上達する――スポーツの練習と同じですね。ここからは、みなさんに脳科学で考える「効率的な学習法」をご紹介しようと思います。
 ただし、注意しておいて欲しいことがあります。それは、これからお話する内容は、あくまでも現在の科学的な知見に基づいているという点です。いまの知見が“絶対の真理”ではありません。5年先10年先の新たな研究成果によって、それらが覆される可能性があることは十分理解しておいてください。そして、これからお話する内容は、記憶を専門に研究する池谷裕二という人間からの「自分ならこう勉強する」という提案である――そのようにとらえてもらいたいと思います。
 では、さっそく本論に移りましょう。
 記憶について考えるとき、キーとなるのが海馬(かいば)です。海馬は太さ約1cm、長さ約5cmの「脳の一部位」で、耳の奥にあります。私たちの脳はすべての情報を記憶しているわけではありません。海馬が必要と判断した情報だけが、脳の中の大脳皮質と呼ばれる場所に送られ、長期間保存されます。では、海馬は何を基準に判断を下しているのでしょうか? なんと、それは「生きていくために不可欠かどうか」なんですね。人間も動物、生き残ることが最も重要なのは容易に理解できるでしょう。ですから、食べ物や危険に関係する情報が、何よりも優先されます。
 しかし、生き死ににかかわらない情報でも、何度も繰り返し脳に送り続けると、海馬は「これは生きるのに必要な情報に違いない」と勘違いしてくれます。そう、海馬をダマすわけです。繰り返すことで海馬に重要な情報と思わせる。これがポイントです。
 もしも、勉強したことを忘れても落ち込む必要はありません。そもそも、脳は「覚える」ことより「覚えない」ことを得意としているので、忘れたらまた覚えなおせばいい。へこたれずに繰り返せば、脳は知識を記憶にとどめてくれます。「勉強は反復」――反復すれば、情報は記憶として定着するということを覚えておきましょう。

(赤い部分が海馬=Wikipediaより)

参考書や問題集は何冊も買わない!

みんなも英単語や数学の公式などは、教科書を読み、ノートに書いたりして覚えるはずだ。それらを何度も繰り返して、1つの単語や公式を覚えようと努力していることだろう。それだけに、「勉強は反復、そんなの当たり前じゃない」と思った人も多いのではないだろうか。しかし、同じ反復学習でも、 “脳の原理”を理解し、それに沿ったやり方をすれば、より効率よく覚えることができるようになる。池谷先生が考える「脳の原理に沿った正しい勉強法」とは、いったいどのようなものか。

 いまから100年以上も前に、ドイツの心理学者・エビングハウスが行った有名な実験があります。それは、まったく無意味な10個の単語を覚えてもらい、それらをどれくらい長く覚えているか調べてみるというものなのですが、驚くことに単語を忘れる速度は人によってほとんど違いがないのです。一般には、下のような曲線を描きます(これを「忘却曲線」と呼びます)。見ていただくとわかるように、直線ではありません。初めの4時間で半分くらい忘れてしまい、そして、そのあとは平らに近いカーブを描きます。

(新潮文庫『受験脳の作り方』P49より)

 さて、ここで重要になるのが、時間が経って忘れてしまった単語も脳からなくなってしまったわけではない、という点です。たとえば、完全に思い出せなくなったあと、もう一度、同じ単語を覚えなおし同じテストを行うと、最初に比べて2回目のほうが確実に記憶がよくなります。3度目になると、さらに覚えている単語の数が増える。このことから「復習の大切さ」がわかるでしょう。復習すれば忘れる速さが遅くなるわけです。
 ただし、闇雲に復習すればいいというわけではありません。潜在的な記憶の保存期間は1か月と考えられているので、その間に復習することが大切です(海馬は1か月かけて情報を整理整頓していると考えられています)。具体的には、学習した翌日に1回目、その1週間後に2回目、2回目の復習から2週間後に3回目、さらに3回目の復習から1か月後に4回目――このように少しずつ間隔をあけ、2か月かけて復習すればいいでしょう。また、同じ情報でも海馬により多くの情報を送ったほうが勘違いしてくれる可能性は高まるので、目で追うだけでなく、「ノートに書き写す」「声に出して読む」など、いろいろな形で刺激を増やすと効果的です。

(新潮文庫『受験脳の作り方』P70より)

 復習の内容についても、同じことを繰り返すようにしましょう。先ほどの単語の実験でも、まったく異なるもの10個を追加すると覚えている割合がぐんと下がります(これを「記憶の干渉」といいます)。みなさんのなかには何冊も参考書や問題集を買って試している人がいるでしょうが、それらに大きな差があるわけではありません。脳の原理に沿うならば、どれかに絞って何度も復習するほうが効率はいい、賢い時間の使い方といえるでしょうね。
 そして、もうひとつ「脳は出力を重要視する」ということも覚えておいてください。これは有名なスワヒリ語の実験で明らかにされたものですが、暗記してもらい確認テストを行ったあと、被験者を次の4つのグループに分けました。
①すべての単語を暗記しなおし、すべての単語を再テストする
②間違えた単語のみ暗記しなおし、すべての単語を再テストする
③すべての単語を暗記しなおし、間違えた単語のみ再テストする
④間違えた単語のみ暗記しなおし、間違えた単語のみ再テストする
 この4つのグループに1週間後に再テストすると、①②の2グループと③④の2グループでは2倍以上の差がつきました。違いは、「すべての単語を再テストした」かどうか、です。
 脳にはいろいろな情報が入ってきます。しかし、そのすべてを覚えておくことはできません。当然、取捨選択しなくてはいけないわけですが、このとき、入力の回数だけでなく出力の回数(使用頻度)でも判断しています。むしろ、脳は出力のほうにより依存している。ですから、教科書や参考書よりも問題集を何度も解く復習のほうが効率的だ、といえます。

興味と感情が記憶を促してくれる

数ある池谷先生の研究のなかで代表的なものに、扁桃体(へんとうたい)が活動するとLTP(長期増強)が起きやすくなる、というものがある。扁桃体とは海馬のすぐ隣にある小さな脳の部位だ。一方、LTPは神経細胞同士の結びつきが強くなる現象で、LTPがよく起こるようにした動物では記憶力が高まり、逆にそれを奪われた動物は記憶ができなくなる。LTPは海馬とも密接に関係している。扁桃体、海馬、LTP……ここから見えてくるものは。

 ここまでを振り返ってみましょう。
 脳に入ってきた情報は海馬が必要性を判断し、必要と判断されたものが長期保存される。その判断断の基準は生存にかかわるかどうか。しかし、繰り返し入ってきた情報は、生存に必要なものだと勘違いしてくれる。また、繰り返すことで忘れるスピードを遅くすることができる。とにもかくにも、反復することが重要で、その際、同じ内容を、入力ではなく出力に力点を置いて学習しよう。そうすることで、効率よく記憶できるようになる――。
 LTPに話を移します。LTPは、神経細胞を繰り返し刺激することで生じます。そう、また「繰り返し」。しかし、この繰り返しを減らす“秘策”があります。ポイントは「シータ波」(脳波の一種)です。シータ波が出ている海馬では、少ない回数の刺激でLTPが起こること、また、うまくやれば10分の1の刺激数ですむことがわかっています。シータ波は好奇心の象徴ともいえるもので、ワクワク、ドキドキ、好きなことをしているとき出ている。要するに、興味のあるものは簡単に覚えられる、というわけですね。これは、みなさんにも実感できるでしょう。「AKB48が好きなので、簡単にメンバーの名前を覚えられる」という人いませんか(笑)。
 もちろん、興味や好奇心は生み出そうと思って生み出せるものではありません。それでも、「つまらない」などと口にしながら勉強するのではなく、その勉強の中に何でもいいから面白さ、興味を引くところを見つけるようにすればシータ波は出てくれます。覚えられるから楽しい、といった好循環も生まれるでしょう。
 さらにもうひとつ、扁桃体も活動させましょう。扁桃体は感情を生み出す働きをしているのですが、それが活動するとLTPが起きやすくなることを、私が明らかにしました。
 この効果は強烈です。利用しない手はありません。たとえば、歴史の知識も単に丸暗記するのではなく、「悔しかっただろうな」「楽しいだろうな」など感情を交えて覚えてみましょう。脳は、この知識を自然と記憶しようとするはずです。このとき、その歴史上の人物に興味を抱いて、シータ波まで出るようになれば完璧!
 紙幅が尽きてきました、最後にもうひとつ、LTPに関するお話しで終えたいと思います。みなさんは、学校から帰宅してから寝るまでの間、どの時間に勉強時間していますか? 帰ってからはゆっくり過ごし、ごはんを食べたあと机に向かう人が多いと思います。ところが、お腹のすいているときのほうが記憶力は高まる。これは科学的に証明されています。専門的な話をすると、空腹時にはグレリンというホルモンが胃から放出され、それが血管を通って海馬に届き、LTPを起こりやすくさせるのです。
 「興味」に「感情」そして「食事」。うまくLTPを活用して、効率よく記憶を高めてください。

《文=WAOサイエンスパーク編集長 松本正行。なお、ここに書かれているもの以外の「効率的学習法」を知りたい方は池谷先生の著書『受験脳の作り方』(新潮文庫)をご一読ください。》