• 2013-04-12

フロントランナーVol.14

宇宙と地上とを安全に結ぶ宇宙エレベーター
SFの世界の乗り物が実現に向け動き出す

日本大学理工学部 教授 青木 義男

1957年生まれ。85年日本大学大学院生産工学研究科修了。日本大学工学部助教授、米コロラド州立大学客員研究員を経て現職。専門は安全設計工学、構造力学で、エレベーターなどの安全研究に取り組む。現在、日本宇宙エレベーター協会の技術開発委員長とともに、国土交通省の昇降機等事故調査部会委員なども務める。

イメージは芥川龍之介の『蜘蛛の糸』

1961年4月、ソ連の宇宙飛行士・ガガーリンが初めて宇宙飛行を行った。以来、半世紀以上が経過したものの、まだ私たちは安全に人やモノを宇宙空間に運べないでいる。宇宙には特別な訓練を受けた人でないと行くことができないし、そもそもロケットには爆発の危険が伴う。しかしいま、宇宙と地上を安全に往復できる“夢の構想”が動き始めた。宇宙ステーションと地上とをケーブルで結び、昇降機が行き来する「宇宙エレベーター」だ。それはどのようなプランなのか、私たちは気軽に宇宙に行けるようになるのか――。日本大学の青木教授に、宇宙エレベーター研究の最前線を聞いた。

 みなさんもご存じの『ジャックと豆の木』や芥川龍之介の『蜘蛛の糸』、空中と地上が蔓(つる)や糸で結ばれ、そこを人が登っていくというお話で、私が研究している宇宙エレベーターも、それらと似たようなものと考えてもらうといいでしょうね。具体的には、地上3万6000 kmの地点に宇宙ステーションをつくり、そこから地面に向けてテザーと呼ばれる長いケーブルを垂らしていきます。テザーを伝(つた)って、エレベーターを上下させる。それが基本的な考え方です。
 通常、地上100kmから上が宇宙と呼ばれます。若田光一さんや野口聡一さんたちが滞在した国際宇宙ステーション(ISS)でも高度は400 kmですから、3万6000キロというのはいかにも高すぎると思うでしょう。しかし、これにはちゃんと理由があって、その高さを飛ぶ衛星は地上からは止まっているように見えるんです。だから、超高速で飛んではいるが、宇宙ステーションと地上基地とを結んだテザーは切れない。ちなみにISSは1日で地球を16周します。一方、みなさんご存じの気象衛星「ひまわり」は、この「静止軌道」と呼ばれる場所を飛んでいるため、常に日本上空の写真を撮ることができるわけです。
 こうした宇宙エレベーターの考え方自体は、昔からありました。ガガーリンが宇宙に行った前の年(1960年)に、ソ連の科学者がすでにその概念を明らかにしています。それがアメリカに伝わり、有名なSF作家のアーサー・C・クラークが『楽園の泉』という小説のなかで紹介して、広く知られるようになりました。
 でも、そもそも「なぜ、エレベーターなのか?」「ロケットで十分じゃないのか?」、そんな疑問をもつでしょうね。
 実は、ロケットというのはとても効率の悪い乗り物なんです。ロケット1基が運べるのは全重量の10分の1にも満たない。スペースシャトルは3%、日本のH2Aロケットも5%ほど。ほとんどは燃料です。加えて、一基の打ち上げに百億単位のお金がかかるなど費用も膨大。さらに、ロケットには危険が伴います。実際、シャトルは5機のうち2機は空中で爆発しました。かといって、「バベルの塔」のようなものを建てるのも現実的ではありません。そこから、「宇宙空間に基地をつくり人工衛星などを打ち出す」「必要な物資は基地から糸を垂らして、それを使って運ぶ」という発想が生まれてきました。大気圏外だと、ほんのわずかなエネルギーで衛星を軌道に乗せることもできるんです。

(宇宙ステーション 大林組提供)

突破口を開いた日本人科学者の大発見

ところが、宇宙エレベーターの構想は遅々として進まなかった。理由は、テザーの材料が見つからなかったからだ。鉄は15 km伸ばすのが限界で、途中で確実に切れてしまう。継ぎ足しでは強度が保てない。ザイロンなど極めて強度の強い合成繊維も検討されたが、有機物(生物由来の物質)であるため宇宙線などの影響を受けても品質を維持できるのか、という問題があった。テザーをつくることができなければ、実現は困難・・・・・・。多くの研究者が諦めていた、そのとき、ある日本人の科学者が画期的な物質を発見したのだった。

 それがカーボンナノチューブです。1991年、NEC筑波研究所(当時)の飯島澄夫博士が発見した新しい物質が、テザーの条件に適っていました。
 カーボンナノチューブは、炭素が網目のように結びついて筒状になっています。鉛筆の芯(黒鉛)やダイヤモンドと同じく炭素だけでできている物質なのに、鉄よりも軽く、はるかに強度が強い。しなやかさももっています。テザーに最適の物質でした。しかも、理論上、10万kmというとてつもない長さに耐えることもわかりました(宇宙ステーションを安定的に運行させるには、地球とは反対の方向にもテザーを伸ばす必要があり、実際は合計10万kmの長さが必要になります)。この発見で、光が差したんです。そして、NASAも実現の可能性を真剣に探るようになりました。
 私自身は、2008年に宇宙エレベーターに出会い、建設大手の大林組の人たちなどと一緒に研究に取り組んでいます。少しだけですが、私たちの「宇宙エレベーター構想」についてご紹介しましょう。
 キーポイントがカーボンナノチューブであることはすでに述べたとおりですが、2030年ごろには、それを10万kmの長さにする技術が確立するものと想定しています。そこから、宇宙ステーションを建設し、テザーを垂らしてエレベーターができるまで、さらに20年。2050年の完成が目標です。3万6000kmにあるメインの宇宙ステーション(図上)は動力源をつくる太陽光発電施設も併設するので、広さはkm単位になるでしょうね。他にも、低軌道に人工衛星を投入する基地や、各種の観光施設なども備えます。さらに、5万7000 kmや9万6000km上空には、火星や木星など他の惑星に向けた探査船の発着場もつくる計画です。
 ちなみに、エレベーターといっても、普段、みなさんがビルの中で見るようなものではありません。もっともっと巨大な、列車みたいなものと考えてもらうといいと思います(図下、地球の近くの太くなっている部分がクライマー)。この人やモノを運ぶ部分をクライマーと呼び、車輪が備えられています。複数の車輪がテザー(カーボンナノチューブを撚り集めてワイヤー状にしたもの)をがっちりはさみ摩擦の力を利用し昇っていく。その他、クラーマーの方式としては、ちょうど井戸のつるべのように滑車の両側にクライマーをそれぞれくくりつけ、片方が上がったら片方が下がるやり方も検討されています。いずれにしても、まだ研究はスタートしたばかり。これらとは別のもっとすごいアイデアがもたらされるかもしれません。

(宇宙エレベーター 大林組提供)

「無理」ではなく、成し遂げる努力が大切

青木先生は構造力学の専門家だ。建築設備の構造計算などに携わっていたが、90年代に施行されたバリアフリー法によってエレベーターの設置件数が大幅に増加、その安全性を研究する研究者が必要になり、エレベーターの安全設計や事故調査などにかかわるようになった。その後、宇宙エレベーターに出会い、現在は一般社団法人宇宙エレベーター協会の技術開発委員長も務める。しかし、出会った当初は「宇宙へ行く? そんなことできっこない」が実感だった、という。

 「そんなの無理だ!」と思った一方で、人類にとって意義深いものであり、何としても実現しなくてはいけないと考えるようになりました。人間を月に送ったアポロ計画も、ガガーリンが宇宙を飛んでからわずか8年後に成功しています。ケネディ大統領が「やる!」と宣言したとき、NASAの技術者が「無理だ」と言ったのに実現したんです。最初から諦めるのではなく、やり遂げようという努力が大事じゃないか――そう思うようになりました。大袈裟かもしれませんが、それ以来、「人生が変わった」(笑)。研究者生活の最後の最後に、ほんと、素晴らしいテーマに出会えたと思っています。
 私自身はモノを壊すのが大好きで(笑)、家におもちゃがないからいろいろなものを壊して、自分でおもちゃをつくるような工作少年でした。科学者になるなんて思いはまったくなく、機械工学の世界に入ったのも、「これだったらつぶしが効くな」「就職にも困らないだろうな」くらいの気持ちだった。でも、学生時代に技術者が活躍する漫画を読んで、「かっこいいな」って(笑)。理屈だけでは世の中動かない。何か形のあるものがあって、人の心は動く。その「形」を生み出す力が工学にはあるんですよね。
 中高生なら「何か面白いことないかな?」と常に思っているでしょうが、その気持ちはとても大切です。面白いこと、興味のあることにどんどんチャレンジしていくうちに、私のように「人生を変えるくらいのもの」に出会うこともあるんです。携帯電話やパソコン、スマホなどわずか10年前、こんな技術が生み出されるなんて誰も想像もしていませんでした。それらも、「面白がる」人が生み出したんです。サイエンスの世界は、とくにこうした傾向が強く、だから一人でも多くの若者にサイエンス、なかでも工学の世界に飛び込んでもらいたいと思っています。
 最後に、普通の人でも宇宙旅行が可能になるかどうかについてお話しましょう。2050年、計画通り宇宙エレベーターが完成。この段階ではまだ、「スペースデブリ(宇宙ゴミ)をどう回避するか」や宇宙放射線の問題など、さまざまなクリアーしなければならないことがあって、やはり選ばれた人、そしてロボットだけしか行くことはできないと思っています。ただ、人類の英知はすごい。2050年からそう遠くない時期、おそらくみなさんの孫の世代にはそうした問題を克服して、たとえば1週間くらいかけてエレベーターを昇りステーションに滞在、宇宙から地球を見るといった「宇宙観光」も可能になると思います。さらに技術が進めば、火星への旅行(惑星間航行)などもできるようになるでしょうね。
 夢は実現できる――ぜひ、それをみなさんの手で成し遂げてください。
《文=WAOサイエンスパーク編集長 松本正行》

日本大学理工学部
日本大学理工学部 青木研究室
一般社団法人宇宙エレベーター協会

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